わからないことが許せないという「バカの壁」 養老孟司×新井紀子「バカの壁」対談<下>

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養老:AIがその筆頭でしょうけど、コンピュータがいちばんそれをやるでしょ。「ああすればこうなる」「こうやったら売れる」「こうやったら、こう動く」と。それが、いちばん正しいやり方だって答えを出してくれる。合ってるかどうかは別ですけどね。

新井:でも、実は、AIがいちばん苦手なのが危機管理なんですよ。AIには定常状態しか予測できないんです。だから、ゲリラ豪雨とか地震とか墜落とか、想定外のことは予測できません。なぜかと言うと、滅多に起こらないことは、統計データにほとんど現れないので学習のしようがないからです。

養老:それじゃ、AIに危機管理は無理ですね。それで、原発事故のときは、今度は「想定外」って言い出した。一方で想定できないほうが悪いっていう話も出てくる。まあ、原発の場合は、危機管理なんかできっこないんだから、危ないものはつくっちゃいけないというのが当たり前でしょうけど、そういうことにはならなくて、「想定外だった」「いや予想できたはずだ」っていう話になっているんですね。

わからないことがあっちゃいけない――バカの壁

養老:人生って想定外のことが起きるんですよ。その常識がなくなってしまって、何でも想定しなきゃいけないっていうのが圧力になってしまっていますね。子どもの育て方がそうです。わからないことがあっちゃいけない。

養老 孟司(ようろう たけし)/1937年鎌倉市生まれ。東京大学医学部を卒業後、解剖学教室に入る。東京大学大学院医学系研究科基礎医学専攻博士課程を修了。95年東京大学医学部教授を退官。96年から2003年まで北里大学教授。東京大学名誉教授。『からだの見方』(筑摩書房、1988年)『唯脳論』(青土社、1989年)など著書多数。最新刊は小島慶子氏との共著『歳を取るのも悪くない』(中公新書ラクレ、2018)

新井:そう、そうなんです!『AI vs.教科書が読めない子どもたち』に対して、「読めないことはわかった。でも、じゃあ、どうすればいいのか書いてない」っていう批判がものすごく多いんですよ。それがショックでした。自分でどうにかできないんでしょうか。何にでも答えがあって誰かが教えてくれると思ってる人が多いんです。それが当たり前だって。

養老:昨日、たまたまブータンを舞台にした映画を観たんです。お父さんがお坊さんで、お寺を息子に継がせたいと思ってる。ブータンでも息子はネットもやるし、現代っ子なんです。当然、寺を継ぐかどうか悩んでいます。1時間半の映画に答えはありません。お坊さんになるともならないとも決めずに終わっていました。それを観てすごく気持ち良かった。現実ってこうだよね、そんな簡単に答えなんか出す必要ないんだって。ああ、なるほど、ブータンの子どもも同じ問題を抱えて、悩んでるんだって、それだけでいいでしょう。ハリウッドだと、おそらくどっちかに決めるんじゃないですかね。

新井:そう思います。

養老:それが今の人にいちばん欠けてることですね。答えが書いてないって不満を言うのは、そういうことですね。書いてないから面白くて、気持ちがいいはずなのに。

新井:「バカの壁」って、そういうことだと思うんです。「どうしたらいいか書いてない」って批判するのは、教えてもらわなかったら自分は何もできませんと告白してるようなものなのに、そのことに気付いてないんです。

養老:それ、ぼくもよく聞かれますよ。

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