がんで逝ったある新聞記者の「納得いく最期」 幸せに旅立つために必要な4つのこと

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「死の準備という土台がある上で、やりたいことをしている人には迷いがありません。吉岡さんはその土台が見事に整った人でした」

柴田はそう語る。その「土台を整える要素」とは何か。

1)どこのベッドで逝くのか(病院・施設・自宅) 
2)誰に介護してもらうのか(配偶者・家族・友人)
3)医師や看護師は、誰にお願いするのか(病院・施設・在宅医)
4)1)から3)までをふくめて、最期の暮らしをどれだけ具体的に思い描けるのか

柴田は上記4つを挙げる。だが、実際には自分や家族の死をタブー視するあまり、死が目前に迫ると慌てふためき、貴重な時間をムダに過ごしてしまう人のほうが多いとも指摘する。

吉岡は違った。すい臓がんのビタミンC治療に取り組んでいた、死の約半年前にエンディング産業展へ夫婦で出かけた。

吉岡は遺骨を粉砕したものを練り込む小ぶりな表札大の、名前入りの墓石の購入と、一周忌での海洋散骨を決めた。家族の墓参りの手間をはぶくためだ。彼の死後、詠美子が手元供養用に母娘2人分の墓石と、夫の故郷である愛媛県に面する瀬戸内海への散骨サービスの契約を結んだ。

がんの治療中に墓石の準備なんて縁起でもないと思う人が多いはずだ。しかし、吉岡も詠美子も「死は人生の大切な締めくくり」だと考えていた。

「穏やかで幸せな最期を迎えるためにこそ、死をいたずらに遠ざけず、むしろ夫婦や家族できちんと話し合い、準備する必要がある」

吉岡は闘病中に何度かそう話していたと、詠美子は話す。

亡き夫からの「最後のラブレター」

「今は私の最期が必要だなって、思っています」

手元供養の写真の中で笑む吉岡(写真:筆者撮影)

詠美子がそう言うと、「私がお世話します」と柴田が返した。

「えっ、近々沖縄に引っ越すんですけど……」

「沖縄にも看取り士会の研修所がもうすぐできますから、大丈夫ですよ」

実は、仏前で手を合わせたときにピンときたんです、と柴田が続けた。

「吉岡さんが先日言われた『看取り士はもう一人の家族』という言葉は、看取り士への親近感だけでなく、『だから妻のことも頼む』という意味が込められていたんだって。先に逝った人は残された家族への愛が深いんです」

「よろしくお願いします」と詠美子は柴田に頭を下げてから、「嫌だぁ、亡くなった日からずっと泣かないできたのに……」と声を上げると、明朗な彼女はとっさに顔をそむけた。

吉岡は妻の誕生日にプレゼントをあまり贈らなかった。そういう愛情表現は苦手だった人らしい最後のラブレターだった。

(=文中敬称略=)

荒川 龍 ルポライター

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あらかわ りゅう / Ryu Arakawa

1963年、大阪府生まれ。『PRESIDENT Online』『潮』『AERA』などで執筆中。著書『レンタルお姉さん』(東洋経済新報社)は2007年にNHKドラマ『スロースタート』の原案となった。ほかの著書に『自分を生きる働き方』(学芸出版社刊)『抱きしめて看取る理由』(ワニブックスPLUS新書)などがある。

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