40代であり、妻で母で医師である宋は、医学的に語りながらも当事者の視線を維持できる。
「これまでの女の性には男性目線かフェミニズム的な向き合い方しかなくて、おかげで女性の間での”性の分断”が大きかった。”モテ”や”愛され”といった語り方か、こじれているかしかなかった。私は淡々としているんです」。それは多くの女性を診る臨床医ゆえのアドバンテージであり、だから宋の言葉に多くの人々が耳を傾けるのだ。
「恋愛市場での自己肯定感は低いかもしれない」
宋もまた、きまじめな女子学生だった。医学部時代の男女比は女子学生11人に対し男子学生78人という構成で、しかも宋以外の女子はみな共学出身。共学出身の女子たちは「本能レベルで、相手が男子か女子かで顔を使い分けているように見えた」。関西の女子トップ進学校出身で、医者になるべく両親に厳しく育てられた宋は、女性でも勉強すれば必ず偉くなれる、だから男性に媚びてはいけないと、「男女の生物学的な性差への認識を逆バイアスで消されていた」。
交際する男性はいたが、男子学生たちからは基本的に「お前は女じゃない」という扱いを受け、自分の女性らしさを肯定も否定もできないまま、女らしさを出さず中性的に生きるようになった。「人は好みもそれぞれで、私みたいなのをいいという男子もいるんだと思えるようになったのは、やっと30を過ぎたくらいからです」
だから、自分の子どもたちには「モテる人生を歩んでほしい」と思うのだそうだ。それは、自分にはなかった選択肢だから。『女医が教える……』の執筆より前、2年にわたって交際していた男性は「医師の仕事に理解がなく、女性が自分より出世するのを望まない男」だった。それでも我慢してしまったのは、「この人と別れても新しくいい人がいるかどうかわからないという不安が、どこかにあったと思う」。たとえ絶世の美女などでなくても次に行こうと切り替えられる、軽やかな自由を持つ友人たちが羨ましかった。自分の子どもたちにはマルチな武器を持ってほしい。「私は恋愛市場での自己肯定感は低いかもしれないです」
2011年に結婚した現在の夫は、同じ医師として宋の活躍を「むっちゃ面白がっています」。旅行先で「あのテレビに出ている人ですよね」と気づかれたりすると「みんな知ってくれてるんだなぁ」と喜ぶ天真爛漫さのある男性だ。
セックスを扱う、しかも扇情的な漫画表紙の本を出すことで、母親はやはり反対した。宋が20歳のときに他界した父親が存命だったら、もっと揉めたかもしれない。「母は印税で家をリフォームしたら黙りました(笑)。大新聞のベストセラー欄に載ったり、NHKに出演したりすると『世の中に必要な本やったんやね』と喜んでくれた」。さまざまな思いを抱えて生きてきた母でもある。長女である宋を筆頭に3姉妹を育て、「女性でも勉強して自立し、男性と対等に生きろ」と教えた。
「私も含めて、現代にはそういう親のいろんなものを背負った女性がいっぱいいる。親の自己実現を背負わされたり、社会への復讐を背負わされたり」。女性たちが、自分の性にふたをして放置し、無知のまま大人になって泣かないように、宋は最近、日本の中学生に向けた”性交””避妊”などの具体性を隠さない性教育のあり方にも取り組んでいる。
「あれもこれもと幻想を押し付けられて、女は大変です。私はそういうの、無理なんで」。宋は歯切れよく軽やかに言い切ると、小走りに診察室へ戻っていった。
(文中敬称略)
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