強制不妊手術の問題が今なぜ注目されるのか 「優生保護法」子供を産めなくする国策の愚

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優生手術が実施されてから長い時が過ぎ、多くの行政記録が破棄されてきた。約1万6500人のうち、さまざまな理由で声を上げられない人たちのほうが多数派である。すでに亡くなった人も含まれるだろう。やっと声を上げてもその証拠となる記録が残されていないという状況もある。

過去に強制的な不妊手術が行われたドイツやスウェーデンでは、被害者への謝罪と補償が行われている。スウェーデンでは裁判を経ずに迅速に補償のための法律が制定された。ドイツでも裁判ではなく連邦議会の判断で救済が決定した。

飯塚さんのように記録が残っていない人も提訴できるようにする救済策が検討され始めている。自民党を含む超党派議員連盟「旧優生保護法下における強制不妊手術について考える議員連盟」も立ち上がった。被害に遭った人たちの年齢を考えると、裁判の判決を待たずに、謝罪・補償をするという英断を国に望みたい。

「補償はいらない、ただ謝ってほしい」

不妊手術に同意した(同意せざるを得なかった)人たちについても忘れてはいけない。

障害者福祉施設を利用していた女性障害者からは、月経時の手当ができない、妊娠したら困るという理由で、施設から子宮摘出を勧められたことが報告されている。子宮摘出は優生保護法も認めていない。この検証が必要である。

1948年生まれの佐々木千津子さんは、脳性マヒのために20歳で施設に入ることにした。その際に月経の処置が自分でできないのを理由に、子宮へのコバルト照射をうけて月経を止めた。この方法は優生保護法でも禁止されている。

筆者は20年以上前に佐々木さんに会ったことがある。そのとき、佐々木さんは施設を出て介助者の助けを借りて猫と自立生活をしていたが、明るく自由な雰囲気が印象的だった。彼女は20歳ごろに、親やきょうだい、施設職員に迷惑をかけないよう、コバルト照射に自分から同意したという。それを聞いたとき、筆者は言葉を失った。

佐々木さんはその処置が「生理をなくす手術」とは知っていたが、「子どもを産めなくする」とは知らなかったと話した。だから「補償はいらない、ただ謝ってほしい」と主張してきたという。それが実現する前の2013年に65歳で亡くなったことが悔やまれる。

また、ハンセン病の回復者は1996年のらい予防法廃止まで、病気が治癒しても療養所を出られなかった。療養所内で結婚することはできたが、優生手術を受けなければ結婚を認めないという規則のために、手術に同意せざるを得なかった。女性が妊娠した場合には中絶するのが当然とされ、それも中絶に「同意」させられてきた。

いずれも優生保護法やらい予防法があったために、そのような状況に追い込まれたのである。人権が侵害されている状況下に置かれていた人たちに、「同意した」ことを盾に救済できないという判断をすべきではないだろう。

国が犯してきた人権侵害を省みて、私たちも不作為という罪を犯さない責任があると、筆者は考える。その責任は、負の歴史を記憶し、継承し、同じ過ちを犯さないようにすることで遂行できるだろう。

柘植 あづみ 明治学院大学教授

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つげ あづみ / Azumi Tsuge

明治学院大学社会学部教授。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程満期退学。お茶の水女子大学より博士(学術)授与。2018年4月より明治学院大学社会学部部長。専攻は医療人類学、生命倫理学。著書に『生殖技術-不妊治療と再生医療は社会に何をもたらすか』(みすず書房)、『妊娠を考える--<からだ>をめぐるポリティクス』(NTT出版)、編著に西山千恵子・柘植あづみ『文科省/高校 「妊活」教材の嘘』(論創社)など。

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