三重県桑名市が「産業観光」に目覚めた理由 思わぬところにインバウンド需要があった

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桑名市を産業観光に走らせたのは、エイベックス多度工場の突出した視察客受け入れだった。

エイベックス多度工場に海外からの視察客が頻繁に訪れるようになったのは2008年からだ。韓国の鉄鋼メーカー・ポスコが従業員を順繰りに送り込んできた。カイゼン、人材育成などの日本型経営を学ぶということで、あまりに多数の視察だったが対応した。

経営トップが自ら海外視察者に応対

そのうち、エイベックス多度工場が海外視察客を気さくに受け入れるという口コミで、中国、ドイツ、イタリア、マレーシアなどからの視察客が相次ぐようになった。この3月までに視察参加総数は約1万7900人に上っている。

応対は加藤丈典社長、加藤明彦会長など経営トップが極力当たっている。視察客からは、「経営トップの思いや経営理念を直接聞きたい」という要望が強いためである。

技術、設備、生産方式をオープンに見せて問題は出ないかとの懸念がないわけではない。しかし、加藤丈典社長の考え方が吹っ切れていてすごい。「技能、設備にしても、当社では日々の積み重ねで目には見えない部分も少なくない。ちょっと見られただけで、まねされるような技術ではダメ。当社はつねに新しいことに挑戦しており、先に先にと進んでいる」。

2017年11月には欧州から金融業の人たちが工場を訪れた。工場見学だけでなく、桑名市での滞在時間をいかに延ばすかが課題だ(写真:エイベックス)

最近では、多度工場への視察客は年間3000人に上る勢いだ。もうこれ以上の受け入れは困難というほどの頻度であり、1団体からコスト分の10万~15万円の視察料を受け取るシステムを採っている。

エイベックス多度工場の視察客受け入れに比べると、桑名市による産業観光はまだ2年前にスタートしたばかり。それでも産業観光という軸足ができ上がりつつあるのは事実だ。

さらに経済効果の極大化を考えると、インバウンド客の桑名市での滞在時間を延長させなければならない。最大の課題は産業観光コンテンツをどうそろえていくかということに尽きるのだが、面白いのは桑名市が宿泊もコンテンツとしてとらえていることである。

「いま課題として取り組んでいるのが、桑名市に宿泊させるための方策だ。結局のところ、宿泊していただかないと滞在時間は延びない。滞在が延びないと経済効果は発現しない。桑名市のホテルや旅館で、インバウンド客向けに日本ならではご飯を用意する、温泉体験ができるといった身近な課題に取り組む努力をしている」(黒田係長)

つまりはインバウンド客向けに地道にソフト面のさりげない魅力づくりをどう実現していくかに懸かっているというのである。桑名市の産業観光への取り組みはまだ完成には程遠いものだ。だが、その取り組みの先見性は、ほかの地方都市にも大きな教材になりうるといえそうである。

小倉 正男 ジャーナリスト

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早稲田大学法学部卒。1971~2005年、東洋経済新報社で記者・編集者、企業情報部長、金融証券部長、編集局次長、名古屋支社長・中部経済倶楽部専務理事などを歴任。著書に『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(共に東洋経済新報社刊)、『日本の「時短」革命』『倒れない経営―クライシス・マネジメントとは何か』『「第四次産業」の衝撃』(いずれもPHP研究所刊)など。2012年から「小倉正男の経済コラム」をウェブで連載中。

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