大谷翔平が今も大切にする、父の「3つの教え」 小学2年生で野球を始め、父が監督兼コーチに

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「私自身が左打ちだったので、はじめから翔平の打ち方は指導しやすい左打ちにしました。その中で、インコースならライト方向へ、アウトコースならレフト方向へ、変化球にもしっかりと対応できるようになってもらいたかったので、コースによって打ち分けられるようにしなさいと言い続けました。

あとは、とにかく打率を残すことを求めながら、スコアリングポジションに一気にいき、得点に絡むことができる二塁打をたくさん打つことを言ってきました。ホームランを打つことはない。左打者にとっては逆方向になる左中間方向へ打ち返して、二塁打をたくさん打つこと。そこはこだわって翔平に言い続けましたね」

グラウンド上では、社会人野球まで経験した自身の実体験をフルに活用しながら、できるかぎりのバッティング理論を伝えた。ただ、その教えは強制的で逃げ場のない堅苦しい、型にハメようとするたぐいのものではなかった。教えのスタンスとしては、バッティングのヒントを与えるもの。あくまでも自らの意思で、自身のバッティングを確立するためのきっかけ作りだったのだ。

自宅へ野球を持ち込まなかった

また、基本的には自宅へ野球を持ち込まなかった。翔平が小学生の頃は、練習が終わってから一緒に風呂に入ったものだったが、そこではその日の練習を少しだけ振り返る程度。風呂上がりはいつもの父と息子に戻り、他愛もない話をするだけだった。徹さんはその意図をこう話す。

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「家に帰ってからはガリガリと1対1で練習したことはなかったですね。グラウンドでの練習を色濃くして、ウチに帰ったら自主練習。そういうスタイルで翔平を見守り続けました。まだ体が成長段階にある子どもですからね。家でも熱血指導をしてしまうとケガにつながる場合がある。だから意識的に家では指導をしませんでした。

実際に翔平も中学1年か2年のときに成長痛で足首が痛いと言った時期がありました。成長段階で急激に骨が伸びたりすることもあり、その最中で練習をやりすぎると体に異常が出たりケガをしてしまうことがある。そのリスクというか、怖さがありました。だから極力、家では熱血指導をしないと決めていました」

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