チャーチルを「名宰相」たらしめた究極の選択 アカデミー賞受賞作でも描かれた緊迫の1日

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しかし、彼がナチスドイツの一種の代弁者的な存在であったとか、敵を支持する人物であったなどと考えるのはばかげている。彼は彼で、チャーチルに負けないくらい愛国主義者だった。

ハリファックスはイギリスを守り、帝国を保護し、人の命を救う方法があると考えた。彼だけがそう思っていたのではない。イギリスの支配階級は宥和政策支持者とナチス寄りの人間がうようよいた。というのが言い過ぎだとしても、少なくともあからさまにナチスに染まっている者たちがいた。

緊迫した状況のなか、ハリファックスと首相チャーチルの間で議論が続いた。チャーチルはハリファックスに対し、ヒトラーとのいかなる交渉も、わが国を意のままにするためのヒトラーの罠であると述べた。ハリファックスはフランスの提案のどこがそんなに悪いのか理解できないと述べた。

午後5時となり、ハリファックスは自分の提案のどこをどう読んでも最終的な降伏にはならないと言った。チャーチルは、交渉によってイギリスにまともな条件が与えられる可能性は1000分の1だと返した。

歴史を動かした「首相就任演説」

にっちもさっちもいかなくなった。大部分の歴史家によれば、このときチャーチルが見事な手腕を見せた。会議を中断し、午後7時に再開すると告げたのである。そして、すべての省庁を代表する内閣閣僚全25人を初めて招集した。その大部分が首相としてのチャーチルが発する言葉を初めて聞くことになる。

チャーチルはハリファックスを説得することができなかった。また、単純にハリファックスを粉砕する、あるいは無視することもできなかった。前日、外相ハリファックスは、チャーチルが「恐ろしいたわごと」を言っていると責め立てたばかりだった。もしハリファックスが辞任すれば、チャーチルの地位が弱体化する。戦争指導者としてのチャーチルの最初の取り組みは、勝利の栄冠を戴くには程遠かった。チャーチルが圧倒的な指導権を握ったノルウェーでの反撃作戦は大きな失敗だったのである。

理性に訴えるやり方は実を結ばなかった。しかし聴衆が多いほど、雰囲気は熱狂的になる。チャーチルはここで感情に訴えた。全体閣議の開始前に、チャーチルはじつに驚くべき演説をした。小規模の会議では余儀なくされた知的な抑制のかけらも見られなかった。まさに「恐ろしいたわごと」が吐かれたのである。

当時の様子を最もよく伝えているのは戦時経済相のヒュー・ダルトンによる日記だが、内容はまず信頼できるだろう。チャーチルは穏やかに演説を始めた。

私は自分が「あの男」(ヒトラー)と交渉に入ることが自分の責務かどうかについて、ここ数日間、熟考してきた。
しかし、いま平和を目指せば、戦い抜いた場合よりもよい条件をひきだすことができるという考えには根拠がないと思う。ドイツ人はイギリスの艦隊を要求するだろう、武装解除という名目で。海軍基地なども要求してくるだろう。
イギリスは奴隷国家になるだろう。モーズリーや同様の人物の下で、ヒトラーの傀儡となるイギリス政府が立ち上げられるだろう。そうなったら、われわれはどうなるか? しかし、われわれには巨大な備蓄や強みがある。
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