チャーチルを「名宰相」たらしめた究極の選択

アカデミー賞受賞作でも描かれた緊迫の1日

そして、あの憂鬱な5月の数日間、ハリファックスの政治的立ち位置における別の要素が、チャーチルに対して無言の権威を生み出していた。5月8日、多くの保守党議員がノルウェー作戦をめぐってチェンバレンへの支持を拒んだとき、チェンバレンは致命的な傷を被った。その年の4月、ドイツがノルウェーとデンマークに攻撃を開始し、英仏の遠征軍が反撃したが、5月に撤退を余儀なくされた。このことをめぐって下院討論で与党保守党の議員から多数の反対・棄権票が出たことで、チェンバレンは辞任に追い込まれたのである。

次期首相を決める5月9日の重要な会議で、去り行く首相が後任として選んだのはハリファックスだった。国王ジョージ6世もハリファックスを望んだ。労働党や上院で、とりわけ保守党下院議員たちの多くが彼を次の首相にしたがっていた。

実際のところ、チャーチルが最終的に首相就任への最後の承認を取り付けた唯一の理由は、チェンバレンがハリファックスに首相の座を提供した後、不気味な2分間の沈黙があり、彼が辞退したからである。選挙では選ばれない上院議員として政府を指揮するのは難しいだろうという理由だけでなく、ハリファックス自身がはっきりとそう言ったように、後甲板を好き勝手に走りまわるチャーチルを制御できないと感じたからだ。

チャーチルvs.ハリファックス

とはいえ、短期間でも国王が首相として選んだ人物にある種の信頼感が生まれるのはたしかだ。首相チャーチルは明らかに交渉開始には反対だったが、ハリファックスは議論の場に戻ってきた。しかしハリファックス案は、今から思えば恥ずべき内容であった。

ハリファックスの主張の要点は、イギリスはヒトラーが望むイタリアとの交渉に応じるというものだった。その最初の一歩として、さまざまなイギリスの資産を放棄する。彼は特定こそしなかったが、マルタ、ジブラルタル、スエズ運河の運営の一部を指していたと思われる。

チャーチルを相手にこんな提案をするとは、大した度胸である。交渉によって侵略行為に報酬を与えるというのか? イギリスの財産を、あの滑稽な突き出したあごの軍人野郎で暴君のムッソリーニに与えるだって?

チャーチルは反論を繰り返した。フランスはイギリスをヒトラーとの話し合いや降伏に向かう「危険な道」に向かわせようとしている。ドイツ人たちが一旦イギリスに侵攻を試み、失敗したらより有利な立場に立つだろうと。しかし、ハリファックスはこれに再度反論した。今のほうが好条件を得ることができる、フランスが戦争から撤退する前に、そしてドイツ空軍がやってきて、イギリスの飛行機工場を破壊してしまう前に交渉を開始するべきだ。

ハリファックスは1937年、自らヒトラーに会いに行っていた。一度はヒトラーを誰かの下僕と間違えた(その点についてはむしろ称賛したい)が、ドイツ空軍最高司令官のヘルマン・ゲーリングと破廉恥なほど親密な間柄であったのは本当だ。

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