チャーチルを「名宰相」たらしめた究極の選択

アカデミー賞受賞作でも描かれた緊迫の1日

当時のイギリスでは、ドイツとの「交渉」の開始を望む、真剣かつ有力な意見が出ていた。交渉開始を望む声があったのも無理はない。周辺国であるフランスの戦況は単に悪いどころではなく、ありえないほどに悪かった。状況が改善する望みのかけらもないほどだったのである。ドイツ軍はパリに向かって突進していた。フランスの防御をあまりにもやすやすと打ちのめすドイツ軍は並外れた士気と効率性を発揮し、まさに軍事的優勢民族であるかのようだった。

イギリスの海外派遣軍は、イギリスとフランスを結ぶ海峡の港周辺の包囲地域で孤立していた。短期間反撃を試みたものの撃退され、フランス北部ダンケルクで撤退に向けて待機していた。もしヒトラーが配下の将軍たちの助言に耳を傾けていたら、この時点でイギリス軍を粉砕できていただろう。イギリスの戦闘部隊の大半を殺害するか捕獲し、反撃するための戦闘能力を奪うことも可能だった。

5月28日時点で、イギリス軍の大部分が失われる可能性が大いにあったのだ。一般市民には知るよしもなかったが、将軍や政治家にはその可能性が見えていた。

孤立無援のイギリス

当時、戦略上最も深刻だったのは、イギリスが孤立していたことだった。現実的に他国からの支援の見込みはなかった。少なくとも当面は絶望的といってよかった。

イタリアはイギリスと敵対関係にあった。ファシスト党党首のムッソリーニはヒトラーと「鋼鉄協約」を結んでいたが、ヒトラーの破竹の勢いを見て、ドイツ側について参戦することになる。

ロシアはドイツとおぞましい独ソ不可侵条約(モロトフ=リッベントロップ協定)を結び、ポーランドをナチスと分割することで合意した。

アメリカはもう欧州の戦争にはかかわりたくないという考えだった――当然のことだ。第一次世界大戦で5万6000人以上の兵士を失い、欧州をおそったスペイン風邪による死者を入れると10万人を超える犠牲者を出したのだから。アメリカは他人行儀な同情の言葉をつぶやくだけで、それ以上は何も提供していなかった。

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