池澤:Rubyも誕生して四半世紀経ち、ひとつの節目を迎えました。
まつもと:25年というととても長い期間に感じますが、プログラミング言語は寿命が長いため、これでもRubyは若造です。たとえば、1954年生まれのFORTRANも未だに使われていますからね。
何をもってRubyの誕生とするかは難しいところですが、Rubyでは「Rubyという名前がついた日」を誕生日と定めました。
なぜRubyという名前にしたのかについてもよく聞かれるのですが、当時のRubyが「次のPerl」を目指していたことから、Perl(真珠・Pearl)にならって宝石の名前から名付けました。最終候補に残っていたのが「Ruby」と「Coral」。Coral(サンゴ)は、最後の文字が「Language」の「L」なので、頭文字をとった略語が作りやすそうでいいなと思っていましたが、Rubyの方が短くて美しくて高級という理由で、こちらを選びました。
当時は、インターネットが発達していなかったので、グーグラビリティを気にしなくていい時代でもありました(笑)。
元々趣味でつくり始めた
池澤:つくった当初から、ここまで多くの人に使われたり、大きなサービスを支えるようになったりすることは想定していなかったと思います。初めは、どんなものをつくりたいと思っていたのでしょうか。
まつもと:元々趣味でつくり始めたので、最初から大仰なことは考えておらず、どんな言語だったら自分が満足するかということだけを考えていました。
当時は、所属していた会社の社内システムをつくる仕事をしていたのですが、バブルが崩壊して、おカネを直接的には稼げないこのプロジェクトはキャンセルとなってしまいました。私はメンテナンス要員として会社に残されることになったのですが、新規開発が禁止だったこともあり、暇だったので、趣味で何かつくろうと考えた時、ちょうど高校生の頃から関心のあったプログラミング言語づくりに挑戦してみようと思い立ちました。
どんな言語をつくろうか。当時仕事ではC言語のようなあらかじめ機械語に翻訳するタイプのいわゆるコンパイラ言語と呼ばれる言語を使っていたのですが、すでに強豪がいるこの分野では勝ち目がないと思ったので、逐次プログラムを解釈しながら実行していくインタプリタ型のスクリプト言語を選びました。
そんな感じで、本当に大したことは考えず、気軽な気持ちでつくり始めました。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら