救急車の中で出産せざるを得なかった母の声 「北の町に住む母たちを覆う厳しい現実」前編

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3人の子を遠距離通院と帝王切開で出産した川口さん。病院が遠い女性は、妊娠にそれなりの覚悟が要る(筆者撮影)

3人の子どもを持つ川口とも子さんは、最初のお産が緊急帝王切開だった。帝王切開をした女性はそれ以降「ハイリスク妊娠」とされ、地元の紋別では受けてもらえない。そのため2人目は、隣の遠軽町で産んだ。

そして3人目の時は、その遠軽町の病院も、産科医が引き上げられ、産科が閉鎖されていたので、片道約2時間かけて旭川まで行った。

自治体からは補助が出るが…

北海道では、川口さんのような妊婦さんはそう珍しくはない。だから、長距離通院の経済的負担を助成する制度を設けている自治体が増えた。紋別市では、1回の出産につき5万円が支給される。それでも妊婦健診は、予定日が近づくにつれて半月に一度、さらに週に一度と頻繁になっていく。小さい子どもをかかえた母親にとって往復5時間も車に乗って通院するのは大変なことだ。

貧血気味だった川口さんは、子どもたちを乗せて運転していたら意識が薄れるという怖い体験をした。妊娠した女性は、生理的な作用で血液が薄くなるため貧血を起こしやすい。以後、妊婦健診の日は、夫が休暇を取って運転していくことにした。

「私の夫は自営業なので都合をつけることができたのですが、夫が休めない会社に勤めている女性はいったいどうしているのでしょう」

この地域では、妊婦健診の日に夫が休暇をとれるかどうかは切実な問題だ。

基幹病院が遠い時にいちばん困るのは、「陣痛中、突然に胎児の心音が弱くなる」という風に、それまでローリスク妊娠だった人が急変するケースだ。こういう場合に救急車で大病院に向かうのは命がけで、本人はもちろんのこと、医療者にとっても寿命が縮まりそうなストレスである。そうなれば、だんだん「ここでは、責任をもってお産を扱うことはできない」ということになってくる。かくして、そうした地域はますます医療過疎が進む。

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