「僕がいると、気持ちが休まらない? 結婚したら2人でずっと一緒に暮らすのに? それって、おかしくない?」
「だって、まだ結婚したわけじゃないでしょ!」
会話はどんどん悪い方向にヒートアップしていったので、いったんは省吾が折れ、佳恵が家に帰っていくのを新宿駅で見送った。しかし、家に帰り部屋で1人寂しくなった省吾は、その気持ちをメールでぶつけてしまった。
すると、こんな返信がきた。
「結婚は、依存ではありません。自立した個々が織りなしていく生活です。2人でいる時間も大切ですが、私は自分1人の時間も持ちたいと思っています」
いつもなら甘えた口調のタメ口メールを返してくるのに、理路整然とした、ですます調のメールが腹立たしく、売り言葉に買い言葉で、「その言い方はなんだよ!」と返信。そこでまたケンカが勃発した。
ラブラブだったはずの2人が、ここからギクシャクしだした。
婚約中に言ってはいけない一言
省吾は、ただ彼女と一緒にいたかっただけ。男としてはちょっと恥ずかしいが、彼女に甘えたかっただけ。ところが、それから1週間は、メールも電話も会話がすれ違うようになり、彼女はひたすら自分の結婚観を語る。省吾には、それが押し付けに取れた。
「わかったよ。もう一緒にはやっていけないね。さようなら」
これは、婚約中に最も言ってはいけない言葉だ。しかし省吾は、別れを切り出したことで、「ごめんね。しょうちゃんと一緒にいたいよ」と佳恵が甘えてきてくれると思っていた。
ところが、佳恵からはこんな返信がきた。
「私もこの結婚について、考え直したいと思っていました。しょうちゃんと結婚したら、自分が自分らしくいられなくなる気がしています。そんな結婚だったらしても意味がない。受けたプロポーズはいったん白紙に戻してもらえませんか? お見合い後の交際に入った状態に戻して、今後の2人の関係を考え直したいです」
驚いた省吾は、すぐに返信して、「取り返しのつかないことを言ってしまった。ごめんなさい」と詫びた。そして、「これからは、自分が変わり、佳ちゃんにふさわしい男になれるように努力するよ」とも、書いた。ところが佳恵は、頑なだった。
「私は基本的には人間は変わらないものと考えています。“自分を変える”という言葉は、申し訳ないのですが信用できません。たとえばこの先数カ月間、誠実な姿を見せてくれて、結婚したとしても、またいつ同じことが起きてもおかしくないという考えを、私は一生持ち続けてしまうでしょう」
事態が取り返しのつかない方向に向かっていると感じた省吾は、「とにかく会って話そう」と懇願し、週末、佳恵に品川の駅ビルの中にある喫茶店で会う約束を取り付けた。
しかし、目の前の佳恵は、省吾が何を話しかけても一言もしゃべらず、ただただうつむいているだけだった。
その後に省吾と面談したのだが、彼は私にこう言った。
「あんなつらそうな顔を見ていると、僕がこのまま彼女との関係を続けることは、本当に彼女のためになるのかなと。そうかといって、関係を終わりにするのは、何か逃げている気がするんです。せっかくつながったご縁を自分から切るのは筋が違うとも思いますし。もうどうしていいかわかりません」
ところが、この数日後、佳恵の仲人から私に電話がかかってきた。
「遠藤より『小宮様とのご縁はなかったことにしたい』と申し出がありました。私としてはいったんプロポーズを受けたのに、こんな形になるのは本当に残念でしたので、『今結論を出さずにもう少し考えていみたら?』と説得したのですが、彼女の気持ちは変わりませんでした」
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