ナイキの知られざる誕生秘話はここまで熱い 2018年の今だからこそ響く創業者の言葉

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「みなさん、アメリカの靴市場は巨大です。まだ手つかずでもあります。もし御社が参入して、タイガーを店頭に置き、アメリカのアスリートがみんな履いているアディダスより値段を下げれば、ものすごい利益を生む可能性があります」(39ページより)

こうした部分だけを引き抜くと、当時からいかにも優秀なビジネスマンだったように思えるかもしれないが、このエピソードには最初からオチがある。なぜならこの時点で、著者にはビジネスの経験がなかったのだから。当然ながら自分の会社もなかったわけだが、そのことを指摘されても、なんとかハッタリで乗り切ってしまう。

「ミスター・ナイト、何という会社にお勤めですか」
「ああ、それはですね」と言いながら、アドレナリンが体中を流れた。逃げて身を隠したい気分になった。
私にとって世界で最も安全な場所はどこだろう。そうだ、両親の家だ。数十年も前に裕福な、両親よりもずっと裕福な資産家が建てた家で、家の裏には使用人の家もある。そこが私のベッドルームになっていて、野球カードや、レコード、ポスター、本で埋め尽くされている。私にとって神聖なものばかりだ。陸上競技で勝ち取ったブルーリボンも壁に飾られている。人生で胸を張って自慢できるものだ。どうしよう。
「そうだ、ブルーリボンだ」と私はつぶやいた。「みなさん、私はオレゴン州ポートランドのブルーリボン・スポーツの代表です」
ミヤザキ氏が微笑んだ。他の重役たちも微笑んだ。テーブルでざわめきが起こった。「ブルーリボン、ブルーリボン、ブルーリボン」。彼らは腕を組んで再び静まり返り、私に視線を向けた。(38ページより)

にわかには信じがたい話ではあるし、それだけ世の中が穏やかだったとも考えられる。しかしいずれにせよ、ブルーリボンはオニツカと契約。売り上げも大きく伸びていくことになったのだった。

とはいえ、もともと潤沢な資金があったわけではない。それどころか、銀行に借金を繰り返さなければ、事業が回らない状態だったのである。資金がなければ話にならない。この時点で心が折れたとしても、まったく不思議ではないだろう。

大地を蹴り続けるランナーのような押しの強さ

しかし、著者は違った。興味深いのは、次々と押し寄せるビジネスのトラブルを、ランナーとしてのマインドを武器にしながら乗り越えていったことだ。普通の感覚でいえば、それは“ありえない話”である。だが、その点においてまったく迷いがなかったであろうことは、危険なビジネスにブレーキをかけようとする銀行員とのやりとりからも明らかだ。

初年度に売り上げた8000ドルを銀行に預けた後、翌年度は1万6000ドルの売り上げを計画していたのだが、その銀行員によると、これは厄介な傾向だそうだ。
「売り上げの100パーセント増加が厄介ですって?」
「会社の資産の割に成長が速すぎます」
「こんな小さな会社の成長が速すぎる? 成長が速ければ、資産も増えるでしょう」
「原理は同じで、会社の大きさには関係しません。バランスシートを超えた成長は危険です」
「人生は成長であり、ビジネスも成長です。成長するか死ぬしかありません」
「私どもはそうは考えません」
「ランナーにレースで飛ばしすぎるなと言うようなもんでしょう」
「それとこれとは話が別です」
話をややこしくしているのはそっちだ、と言ってやりたかった。(109ページより)

銀行員の言い分もわからなくはないので、思わず笑ってしまった。しかし、大地を蹴り続けるランナーのような、この押しの強さこそが著者のポテンシャルなのだ。だからこそ、彼はいくつもの奇跡を起こすことができたのだ。

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