佐々木俊尚「恥の多い人生こそかっこいい」

ナイキ創業者の失敗談が教えてくれること

そうして時代は高度経済成長へ、アメリカでは「ゴールデン・エイジ」といわれる時代になっていった。『シュードッグ』に描かれている時代は、まさに世界中が経済成長と産業構造の変化で沸いている時代。その熱気をじつにうまく体現して、この物語は書かれているように思います。

技術の進化=イノベーションではない

1960年代は、多くの企業はマーケティングなどほとんどやっていなかった。あったのは、「俺がいいと思うものはいい」という熱情だけ。それが今はマーケティング志向になりすぎて、「売れそうなモノを売る」という方向に行きすぎてしまっている。だから世の中がつまらなくなった。

スティーブ・ジョブズがiPhoneを作ったときマーケティング・リサーチをしたか。いっさいしていません。ソニーのウォークマンだってそうでしょう。世の中にないモノだから、消費者の反応なんて、リサーチのしようがないんです。

やみくもに熱情を持って走る。それを否定する論理はたくさんあります。マーケティングは、モノを売る力として強力な武器だけれど、一方でそれは「斬新なモノを売らせない」ためのセーフティネットにもなっている。これではブレイクスルーは起きません。

日本ではイノベーションを技術革新と訳しています。これはおかしいというのが私の持論。技術の進化は“蓄積”であってイノベーションではない。進化した技術がマーケットに受け入れられること、これが“イノベーション”なんです。

つまり技術革新とイノベーションは別モノ。売れるためには、単なる技術の進化という蓄積だけではない、もうひとつ別の要素が必要です。それが何なのか、もっと深く考えなければならない。マーケティングでもなければ会議でもない。私の考えを言えば、それはその人の主観であったり、感性、やみくもさ。「俺がいいと思うんだからいいじゃないか」というシンプルな問いかけに、日本企業はもう一度立ち戻ったほうがいいのではないか。

とはいえ熱情を持ってやっても、まず失敗するんです。アントレプレナーシップは失敗を恐れないことだとよくいわれますが、なぜか。だいたい失敗するからです。だから、成功者のまねなんかしなくてもいい。俺はアントレプレナーを目指すという人は、熱情を持って突き進んでいけばいいだけの話です。

ただ『シュードッグ』を読むと、最初から明確な目標に突き進んでいるという感じもしませんね。どちらかというと、目の前でいろいろなことが生じて、それに翻弄されながらも、その場その場で戦略を立てていく。いわゆるリーンスタートアップの先駆け的存在ということもできる。そこは学ぶべき点は多いと思います。

そして失敗しても、熱情と信頼できる友人がいれば、最後のよりどころにはなりえます。フィル・ナイトのチームも、個性的な面々がボロクソだけど愛情たっぷりに書かれています。彼らの関係性はフラットだし、読んでいて気持ちがいい。創業メンバーのミーティングを「バットフェイス」と呼んだり、自分たちのことを負け犬と言ったりしているのも、とても好感を持ちます。

成功談だけを語る人はどうしても鼻につく。でも、『シュードッグ』は失敗だらけのリアルな人生の物語です。自分を美化した経営者の自伝が多い中で異彩を放っている。恥の多い人生のほうが、本当はかっこいい。本書はそんなふうに人々の価値観を変える、先駆けとなる本かもしれません。

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