佐々木俊尚「恥の多い人生こそかっこいい」 ナイキ創業者の失敗談が教えてくれること
しかし今はどうか。そもそも自己啓発本が大きなブームになったのは、そんなに古い話ではありません。従来安泰とされてきた年功序列型のサラリーマン人生が揺らぎ始め、多くの人がどうしていいかわからなくなった。ロールモデルもいない。上の世代は勝ち逃げ世代で目標にならない。それで、手っ取り早い教科書として、自己啓発本や経営者の自伝が読まれるようになった。
そうしてブームから20年くらいが経った今、お手軽さの裏に隠された欺瞞に多くの人が気づき始めた。その反動として、きれいごとでない、リアリティが求められつつあるのではないか。それが、この本を支持している人たちの背景事情ではないかと私は感じています。
60~70年代、日本企業には熱気があった
フィル・ナイトと、オニツカや日商岩井といった日本企業のやりとりも読みごたえがあります。確かにフィル・ナイトはオニツカのことを悪く書いているんだけど、良くも悪くもそこはリアリティでしょう。
決定権のない人が交渉の場に出てくるとか、連絡しても返事がないとか、あるいはやたら会議が多くて話が前に進まないとか。典型的な日本の組織の問題点が描かれる一方で、1960年代の日本企業が進取の気性に富んでいたこともよくわかる。
20代のどこの誰ともわからないアメリカの若者がいきなり連絡してきたときに、役員総出で出迎えるなんて、今の日本企業はやるでしょうか。しかもその場で契約までしてしまう。こんな足腰の軽さは、いまの日本企業にはもうないでしょう。
フィル・ナイトが来日した1962年は、敗戦から17年しか経っていません。そんな時代に、アメリカのアントレプレナーが注目するくらいのすばらしい運動靴を作っていたという点も指摘しておきたいところです。この技術力はもっと自慢していい。フィル・ナイトはオニツカを悪く書いてはいますが、その靴のすばらしさもちゃんと記している。悪いところばかりではない。
また、ブルーリボンがアメリカの銀行から見放されたとき、日商岩井が救いの手を差し伸べます。「野武士」的にね。今の日本では、銀行もやたらと担保を求めるし、アントレプレナーにとって最大の課題はファイナンスだとずっと言われ続けていました。その現状を知っている立場からすると、1970年代の日商岩井はやはり立派だと言わざるをえない。
戦後の日本のビジネスの風景は、熱気があったように思います。城山三郎の小説『官僚たちの夏』のように。この小説では、戦後の日本をどう立ち直らせるか、クーラーもきいていない会議室で皆が腕まくりして汗をかきながら侃侃諤諤の議論をしていた。
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