映画「デトロイト」が掘り起こす米国の暗黒史 東洋経済オンライン読者限定試写会を開催!
本作を製作するにあたり、ビグロー監督をはじめとする製作陣は、事件の当事者に協力を求めた。白人警官から暴行を受けたラリー・リードは、およそ50年近くにわたり事件が起きた夜のことを口にしようとはしなかったという。
しかし本作の製作者たちと話すうちに、失った友人たちのため、そして自分が前に進むためにも事件について語る必要があると考え、本作のアドバイザーを買って出た。ほかにも暴行事件の生存者である警備員のメルヴィン・ディスミュークス、美容師のジュリー・アン・ハイセルらの協力も得ることができ、謎に包まれた暴行事件の裏側に肉薄している。
アメリカ社会の闇を正面から描く
1964年、ジョンソン大統領によって「公民権法」が成立し、アメリカは、人種や宗教、性別などでの差別を撤廃するという意志を明確にしたが、その後も黒人への差別が完全になくなることはなかった。
黒人の権利は黒人の手で勝ち取らなければならないとして、差別撤廃を求める運動が広がっていたが、1965年にはマルコムX、そして1968年にはキング牧師と、公民権運動を推し進めてきた活動家が暗殺された。そして今なお、アメリカ社会には人種差別が残っている。
2012年のフロリダ州では、17歳の黒人少年を射殺した自警団長が無罪判決となった。2014年のミズーリ州では、18歳の黒人少年を射殺した白人警官が不起訴となった。2016年のノースカロライナ州シャーロットでは、黒人男性が警察官に射殺される事件が起こり、黒人の暴動が起こった。銃社会、貧困、人種差別……デトロイト暴動から50年経っても、変わることのないアメリカの闇を感じる。今、この『デトロイト』という映画が公開される意味もまた、ここにあるのだろう。
同時に、こういった自国の闇にしっかりと向き合って、真正面から描ききることのできる、表現の自由に対する絶対的な信頼感も感じる。アメリカという国が抱える、複雑なアイデンティティが垣間見える。そういう意味でも『デトロイト』という映画は非常に興味深い。
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