「家事をきちんと」日本人を悩ませまくる呪縛 なぜ夫が全然手伝わない社会になったのか

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家事のやり方について、「きちんと」しているのはどんな家事かと尋ねると、自分の母親のやり方を基準にあげる人は多い。「母が育ててくれたように子どもを育てたい」「働いているせいで、専業主婦の母がしてくれたのと同じことを家族にしてあげられないのは申し訳ない」という発言は、30代の女性からも繰り返し聞いてきた。

「お手伝いさんのいる家」が原点

そもそも「きちんと家事」を始めたのは誰だろう? 歴史をひもとくと、「お手伝いさんのいる家」が原点だったことがわかる。

「献立は常に変化あるをよしとす。同じ食品を連用するは食欲を喚起する所以にあらず。故に日々の食事は成るべく其の献立を異にすべし。而して一日中に於ては其の中の一度の献立を以て主饌とし其の時は必ず家族皆集まりて愉快に飲食談話するをよしとす」

飽きると食欲が落ちるから、同じ食品を続けて使わず、なるべく献立を変えなさい……今と変わらないこの教えは、1908(明治41)年に文部省検定を受けた『修訂三版家事教科書』に出てくる献立についての考え方だ。まえがきには、高等女学校の教科書として書かれたとある。上下2巻に分かれたこの本は、衣食住に始まり、育児、養老、看病、一家の管理、家計の管理など、家事全般についての情報が詰まっている。

高等女学校で、これから主婦になる女学生たちに、家事全般を教え、主婦の心得を教えるのが、家事教科書の目的だったのだろう。献立の例一つとってもそうだが、当時の家事のやり方や考え方は、今とそれほど大きく変わらなかったのだな、と思わせられる内容が目立つ。

ただし、気をつけなければならないのは、ここに書かれているような家事や、毎日献立が変わる食事のありようは、女中さんを置くような家庭向けの家事だったということだ。

当時、高等女学校へ進学する人は非常に少なく、特別な家庭の子女の行く学校だったのだ。広い家と土地を抱え、使用人を使って暮らす、とても特殊な家庭の子女のための教科書だったといえる。見方を変えれば、使用人がいなければ、そんな家事は成立しない。

戦後、使用人を抱えるような家庭は減り、核家族の進行と団地の普及で、人々の暮らしは大きく変わった。流通システムと冷蔵庫に支えられて、食生活は豊かになり、それまで特殊な人たちの特権だった「毎日違う献立」が庶民の台所に入ってきた。掃除機と洗濯機に支えられて、お手伝いさんなしでも家事が進められるようになった。とはいえ、お手伝いさんなしの家事が成り立ったのはなぜかといえば、お手伝いさんの役割を専業主婦が引き受けたからだろう。

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