「鈴鹿サーキット」の知られざる奥深い歴史 思わず人に話したくなる蘊蓄100章

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81. 2018年には鈴鹿1000kmから継承されたFIA-GT3車両の世界統一戦「鈴鹿10時間耐久レース」が開催予定だ

82. 1980年代後半、F1開催期間の渋滞を避けるため近鉄名古屋線「白子駅」からヘリコプター便を運航していた

83. 現在もF1GP開催時には名古屋空港や中部国際空港とサーキット間を結ぶチャーターヘリを運航している

84. 1993年に公開された映画『ゴジラVSメカゴジラ』では、京都に向かうゴジラが四日市から上陸

85. 海沿いのコンビナート群を次々と破壊し、鈴鹿サーキットで大暴れするゴジラの姿が描かれている

モートピアの観覧車(写真:せなぞう / PIXTA)

86. 国際レーシングコースに隣接している「モートピア」は、乗り物アトラクションが充実している遊園地だ

87. 鈴鹿サーキット建設を主導した藤沢には幼い頃から正しくエンジンに親しむことが重要との理念があった

88. そこで藤沢は米国ディズニーランドのようにゴミひとつなく、家族で楽しめる「自動車遊園地」を提案

89. このモータースポーツランド構想をもとに1961年に多摩テック、生駒テック、63年にモートピアが開園した

90. 他の遊園地に比べ自分で操作して楽しめるアトラクションが多く66年には年間入場者数100万人を突破

F1決勝時は、観覧車に長蛇の列

91. 翌1967年には鈴鹿サーキット施設内に修学旅行にも対応可能な収容人員500名というホテル棟を開業

92. 1960年代当時、小・中学生の修学旅行は奈良・京都が中心。三重県内でも伊勢・志摩がメジャーとされていた

93. 藤沢はそこに四日市の石油コンビナートや鈴鹿製作所の工場見学を加えた新しい修学旅行コースを提案

94. 鈴鹿サーキットでのエンジン教室や遊園地モートピアを楽しむこともでき一躍人気の修学旅行先となった

95. 現在では天然温泉やオートキャンプ場、ボウリング場、テニスコートも備え大型レジャーランド化している

96. またホテルはサーキットと隣接しているため移動が容易で、選手やチーム関係者からも好評を得ている

97. 鈴鹿サーキットには交通マナーや運転テクニック向上を目的とした「交通教習センター」も併設されている

98. ここではホンダ製のオートバイや自動車を利用した運転技術指導が行われている

99. 鈴鹿サーキットのランドマークとして海外にも知られるのがモートピアの観覧車「サーキットホイール」だ

100. 国際レーシングコースの真隣にあり上空からサーキット内が楽しめるためF1決勝時は長蛇の列ができる

(文:寺田 薫/モノ・マガジン2017年11月2日号より転載)

参考文献・HP/「本田宗一郎と『昭和の男たち』」(文藝春秋)、「日本グランプリレース」(東京キララ社)、「ホンダオートバイレース史」(三樹書房)、HONDA、モビリティランド、鈴鹿サーキットほか関連HP
モノ・マガジン編集部

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『モノ・マガジン』はワールドフォトプレス社が発行するモノ情報誌。原則、隔週で発行している。公式サイトhttp://www.monomagazine.com/

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