《不確実性の経済学入門》テロも予測? 予測市場の可能性を探る

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 銘柄は「民主党の得票率」と「共和党の得票率」の二つ。選挙日までを取引期間とし、開票後は実際の得票率に応じた分配金が支払われる。取引価格は得票率と1対1で対応しており、具体的には「共和党の得票率」の証券が40セントで売買されているならば、市場は共和党の得票率を40%と見積もっていることを意味する。もし、得票率が45%になると予測すれば、買いだ。実際に共和党が45%の得票率を得た場合、分配金は45セントとなり、このとき参加者は5セントの利益を得る。

IEMでこうして形成された価格は、総じて世論調査より高いパフォーマンスを示すことがわかっている。ペンシルベニア大学のウォルファーズらが04年に発表した論文によれば、投票1週間前の予測値と実際の得票率との誤差は世論調査が2・1ポイントだったのに対し、IEMの価格ではより小さい1・5ポイントの誤差だった(下図表参照)。

普通のアンケート調査と違って、予測市場はケインズの言う「美人投票」の性格を持つ。つまり、参加者の単なる態度表明に終わらず、政治状況も踏まえて客観的に何が起こりうるかを予測させるインセンティブを与えられることが強みだ。

この予測力に着目し、米国では民間企業の意思決定にも予測市場が取り入れられるケースがある。大手IT企業のヒューレット・パッカード社は、社内の各部門から数十人を選び、月ごとのコンピュータの販売予測を証券に見立て、売買を行わせた。結果は、販売責任者が推定した公式予測よりも、予測市場のほうが実態に近い数値を導き出したうえ、実験を繰り返し行うと4回に3回は予測市場の数値のほうが勝っていた。

予測市場は政治・経済から企業の意思決定まで、予測のパラダイムを一変させるかもしれないのだ。

もちろん予測市場がつねにほかを上回る予測力を持つかどうかは、議論の余地がある。駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部で予測市場を研究する山口浩准教授は「比較のベンチマークの正当性、望ましいサンプル数といった方法論の確立もまだこれから」と話す。

市場の効率性に批判的なコロンビア大学のスティグリッツのように「市場参加者が非常に少ないときや、参加者の何人かが非常に有力な情報を握っていた場合、容易に相場操縦がされる」と予測市場そのものにも懐疑的な声もある。

日本では予測市場は揺籃期を迎えている段階だ。05年には日本で初めてインターネットポータルの「はてな」が自社サイト上で予測市場を始めたほか、07年11月からはITベンチャー企業が仮想通貨によってニュースを取引対象にするサイトをスタートさせた。内閣府も予測市場に関心を示しており、GDPや消費者物価の将来値を取引対象にしたプロジェクトを立ち上げる計画だ。

日本の法律では予測市場では現金を使った取引が認められていないうえ、そもそもあまりになじみがないため、それが広がるかはやや疑問だ。まずは知名度アップが課題だ。


(週刊東洋経済)
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