《不確実性の経済学入門》テロも予測? 予測市場の可能性を探る
9・11テロ(2001年)の記憶が生々しい03年のこと。米国防総省の傘下にある研究機関、国防総省高等研究計画局で、仰天もののあるプロジェクトが立ち上がった。
テロを予測する先物市場をつくれないか--。「Future MAP」と名付けられたこのプロジェクトでは、中東で次に発生する戦争、アルカイダによる次の攻撃対象はどこかといったことを取引対象にした先物市場の創設を計画していた。むろん取引だから投資家はカネを投じる。
この市場の開設のための予算案を連邦議会に諮ると、当然のように激しい批判が巻き起こった。「極めて不健全だ」「テロでカネ儲けするとは何事だ」。メディアも積極的に参戦し、1年も経たないうちにこのプロジェクトは廃止となり、研究機関の局長も辞任に追い込まれた。
確かに、常識から考えるとテロの先物市場創設は人命をもてあそぶ暴挙に見える。しかし、その発想には一定の合理性が存在する。
テロに限らず、世界には数式で記述できない「不確実性」に満ちている。企業の新製品がどれだけ売れるか。政治家が次の選挙で当選できるか。わからないことだらけだ。従来、この種の不確実性に対してはもっぱら一部の専門家による予測が頼りだった。しかし、これまで愚かな決断に走ると考えられてきた大衆の予測も、集積させると意外な予測力を持つことがわかってきた。
米HPが販売予測に活用「予測市場」の威力
その集積を実現させる手段が「予測市場」という仕組みだ。具体的には、予測の対象となる対象を仮想証券に見立てて、投資家に売買させる。投資家それぞれの見積もりを吸い上げた予測情報を“株価”に見立て、取引するのである。
オーストリア生まれの経済学者、ハイエクの価格メカニズム論がこの考え方の下敷きとなっている。彼は1945年の論文で「どんな価格も単一的に決まるという事実は、市場に参加するすべての関係者に分散された情報がそこに結集されていることを意味する」と主張した。
中東で開戦の機運が高まると原油価格が上昇する、その年の天候の変調にオレンジジュースの価格が追随する、といった具合に、市場価格は一定の予測力を示す。頓挫した米国政府研究機関のテロ先物市場は、予測市場をつくることで、テロの攻撃を察知し、未然に防ぐ参考的な手段にすることを意図したものだった。
他方、民間レベルではすでに予測市場を提供する娯楽サイトが欧米を中心に数多く存在している。中でも比較的知られているのが、アイオワ大学の経済学者らが88年に創設した「アイオワ電子市場(IEM)」である。IEMが主に取引の対象にするのは選挙の得票率だ。
現在は08年11月に行われる米大統領選挙が主な取引対象となっており、参加者は5~500ドルの範囲で実際の現金を用いた取引を行う。