部下は約30人。ISSに滞在中の宇宙飛行士や、訓練中の宇宙飛行士、そしてISSの運用を支える技術者などだ。彼らから日々、さまざまな問題が上がってくる。
「たとえば、打ち上げ予定の貨物便が延期になり、ISSにいる宇宙飛行士の心理的な支援にも重要な食料や嗜好品を、いつ、どういった代替手段で運ぶかといった問題が起きたり、ISSの長期滞在チームが交替するときに、船長交替をどのタイミングで行うかについて米国とロシアの考え方が異なり調整したり。新しい問題が日々、次々に上がってくるんです」。会議に次ぐ会議、調整に次ぐ調整に追われた。
管理職として関係者から挙がってくる様々な問題を解決していく立場になって見えてくることが非常に多かった。巨大な組織の中でどの部門の担当者と交渉すればもっとも効率的に問題を解決できるか。訓練担当かプログラム管理部門か、運用管制部門か。チーム全体の枠組みと動きを把握し、時間の制約の中で仕事の優先順位をつけながら、問題解決の手法を学んだ。
また、相談してきた宇宙飛行士に対しても「時には恋人のようになだめたり、頑固おやじのように毅然と接したり」、彼らの士気を下げないように引っ張っていった。「船長の準備としてはいちばん重要な経験になりました」と怒濤の日々を振り返る。
このように、若田は自分が経験していない新しい環境に身を置くこと、新たな目標を設定をすることを好む。キーワードは”守りに入るな”。「どんなに大変だと思う仕事も、しばらくすれば慣れてきます。慣れて”定常状態”に入ると成長は鈍化する。そんなときはあえて、環境を変えて変化させるんです。不均衡状態をわざと作ることで緊張感を維持し、自らが進歩していけるのだと思います」。
今を全力で、楽しく
筆者は長年、若田飛行士に取材を続けてきたが、取材後の雑談でもらした、忘れられない言葉がある。「人生は楽しく」という言葉だ。
「短い人生の中で、出会える人は限られています。縁あって出会えた人とも、この先二度と会えるかわかりません。だから出会ってよかった、一緒に仕事ができてよかったと思ってもらえるように、目の前の人との『一瞬』を大切にしたい」としみじみと言った。
若田飛行士自身は明言しないけれど、スペースシャトル・コロンビア号の事故で大切な仲間を亡くしたこと、宇宙という危険と隣り合わせの空間で死と向きあってきた経験が『今を全力で、楽しく』という生き方につながっているのではないかと思う。だから仕事の相手でも、講演会で質問をしてくれた子供たちにも、誰に対しても真摯に向き合う。
8月に行われた記者会見でも、若田は「毎回、この飛行が最後と思って全力を尽くしてきた。今回も同じ気持ちで向かいます」と語った。
一瞬一瞬を大切に生きる。目の前の仕事に全力を注ぐ。失敗に学び、対策を考え、地道な努力を重ねる。出会いに感謝する。そして楽しく生きる。若田が船長になるまでの歩みを見ると、その過程で日々行ってきたことは、決して私たちの営みと懸け離れた特別なものではないことに気づく。それぞれの目標に向かって努力し、日々を大切に生きることの大切さこそを、日本人初の船長は教えてくれているのではないだろうか。(=敬称略=)
(撮影:尾形文繁)
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