哲学者が薦める「いい人」に嫌われる生き方

信念は傷を負うから価値がある!

「優しい人」は鈍感で怠惰なだけ?

こういう人は「心が優しい」のではなくて、ただ鈍感で怠惰なのです。ただ人間の醜さ、狡さ、下劣さ……すなわち人間の魅力あふれる複雑さを直視するのが怖いだけなのです。彼らとは付き合うのがたいそう厄介です。何しろ他人はすべて本来「いい人」であるはずだ、という幻想に陥っていて、その幻想が、風船が破裂するようにはじけるとき、深い痛手を受けるのですから。

他人のちょっとした欺瞞的態度にもショックを受け、大急ぎで「思い過ごしであり、やはりいい人であった」と修復し、しかも――これが最大の愚かさなのですが――自分の欺瞞性には気づいていないことが多い。だから、自分をとても寛大な人間だと錯誤し、自己憐憫と自己愛(場合によっては自己陶酔)とが交じり合い、優しい目つきで「みんないい人じゃないの」とつぶやくわけです。こう言う人はどんどん痛手を受けて、真実の人間の姿が判明に見える視力を回復してもらいたいと心から思います。

以上のタイプに対して、「自分はこんなにいい人なのに他人は全部悪い人だ!」という「中二病」の段階にとどまっている人に大した害がないのは、特にわが国ではこうしたエゴイストは前後左右のすべての人から蛇蝎のように嫌われますので、ある日「このままでは生きていけない」と悟り、自然に「大人になっていく」からです。

さて、このあたりで相談内容の(2)と(3)に移りますが、私にとって意外だったのは、あなたが「他人に共感できない」自分を変えたいと思っていることです。

私は、かつてそう願っていましたが、やがて「他人と共感すること」は自分にとって不可能であることを心の底から悟り、しかもそういう自分が「いい」とはつゆ思わず、(太宰治の言葉を恥ずかしげもなく使えば)「人間失格」として生きていこうと決心しました。そうしたら、とてもラクになり、しかも面白いことに、しだいに「他人に共感しないことに共感する」という人々との濃密なネットワークが形成されていった次第です。

「いい人」にならないように生きていくには?

あなたがそれほど「いい人」が嫌いなら、「いい人」にならないように努力すべきじゃないかと思うのですが、あなたはやはり「いい人」になりたいようですね。もっとも、実は「いい人」にならないことを目指し、しかも社会から完全に排斥されないようにするには、(職業の選択も含めて)絶大なスキルとパワーが必要であり、私の場合も20年くらいかかりました。おわかりと思いますが、哲学者に対しては一般人の誰も「いい人」であることを期待しないので、さらに哲学者同士も互いに「いい人」であることをみじんも望んでいないので、とても居心地がいい。いい場所を得たと思っています。

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