夫婦のやり取りは異国企業との取引と同じだ 互いの好きな領域に踏み込みすぎると危ない

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田辺:お互い、作家として「本当に書きたいもの」もぜんぜん違いますしね。私はおカネがあって、好きに書いてよくて、自費出版でもいいんだったら、田舎に行って、その辺の民家のピンポンを押して爺さんに話を聞いて、図書館の郷土史棚に収まっているような地域伝承本でも書きたい。

円城:この人はとにかく取材に行きたい人ですからね。僕は人に会いたいとか、誰かに話を聞きに行きたいとかいう欲求が、そもそもない。電話もかけたくない人間。

田辺:私は書いている経過がいちばん楽しいと思える本を書きたいんですよ。でも、あなたは違うでしょ。

円城:うん。ほんとうに時間が完全に自由で好きなことをやっていいんだったら、数学か物理で面白い定理を一個ぐらい見つけられれば、それでいいかな。きっと小説は書かない。別に大理論を発見したいわけじゃなくてね。ちょっとささやかな、見る人が見ればおかしい、笑える定理を見つけたい。本書中でも、僕がつねに分類や法則を求める人だというのがわかると思います。

田辺:この人は他人の人生に興味がないんですよ。私はすごくあるのに。

円城:それが本に向かう姿勢に表れていますよね。僕はテキストだけ読んでいればいい人だけど、この人はテキストの背後にあるキャラクターや人間関係まで気になっちゃう。例えるなら、僕は一発芸というか、その場で笑えればOKという「俳句」型の読者。この人は詠み手の人生と一緒に歌を詠み込んでいこうとする「短歌」型の読者。やっぱり、違う国の違う会社同士なんですよ。

離婚しないためには「離れる」べし

『読書で離婚を考えた。』(幻冬舎)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

――浮気や犯罪は別として、もしおふたりに離婚の危機があるとすれば、どんなことでしょうか。

田辺:やっぱり息苦しくなったら別れるんじゃないかな。われわれはたまたま別居婚みたいな感じで夫婦が始まったし、私は作家と自営業との兼業だから、割と時間が自由になります。だから、ちょっとピンチだなと思ったらお互い物理的に離れられるんですよ。

円城:確かに、ふたりをずっと同じ箱に入れておくと危ない。危険になったら「離れる」のが危機対策としては有効だね。

田辺:仕事のストレスがたまってるときは、ちょっと外でお茶を飲んでボーッとするのが大切。そういう空気抜きがなくなったら、きっと別れちゃう。「旦那がリタイアして家に居続けた結果、自分の時間がなくなって熟年離婚に踏み切る妻」の気持ちが、よくわかるんですよ。自分の時間がどれだけ確保できるかによって、夫婦関係の継続が決まるんじゃないでしょうか。

円城:とまあ今までの話でわかったように、われわれ夫婦の基盤はすごく脆弱で、遠隔地にある、よくわかんない会社ふたつみたいな感じなので、とつぜん取引が途絶える可能性は、常時あります。ただ、その脆弱さに対する考え方はふたりで一致してるんですよ。

田辺:そうだね。

円城:われわれは「この世は夢?」とか「ある日突然土台が失われても不思議はない」という感覚の部分では気が合っているんです。何かがふっと消えてしまったら、そのときは切れるんだね、という覚悟はふたりともできている。ここは数少ない、夫婦として相互理解できている点ではないでしょうか(笑)。

(構成:稲田豊史)

円城 塔 作家

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えんじょう とう / EnJoeToh

1972年北海道生まれ。東京大学博士課程修了。 2007年、『オブ・ザ・ベースボール』『Self-Reference ENGINE』でデビュー。 2012年、『道化師の蝶』で芥川龍之介賞受賞。2014年、『Self-Reference ENGINE』で Philip K. Dick Award, special citation 受賞。現在大阪に作家の妻と在住。 最近気になっているものは東海道。

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田辺 青蛙 ホラー作家

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たなべ せいあ / Seia Tanabe

1982年大阪府生まれ。オークランド工科大学卒業。2006年、第4回ビーケーワン怪談大賞で佳作となり、『てのひら怪談』に短編が収録される。2008年、『生き屏風』で、第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。現在大阪に作家の夫と在住。そんな夫とのアメリカ旅行記&エッセイ集の『モルテンおいしいです^q^』(廣済堂出版)発売中。怪談と妖怪ネタを常時募集中。

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