人には、“パーソナルスペース”というのがあるという。そこに他人が入り込んでくると、ドキンとする。そのドキンが、好意を抱いていない相手だと恐怖だったり不愉快に感じたりするのだが、好意を抱いている相手だと一瞬にして心をつかまれてしまう。
心理学でいうところの吊り橋効果にも似ている。吊り橋のようにグラグラする場所では、心をつかまれやすい。外的要因のドキドキと恋愛のドキドキ感が似ているため、脳が錯覚して恋に落ちやすくなるのだ。異性からの壁ドンでドキドキするのも、このメカニズムだといわれている。康夫の軽い抱擁は、仁美を落とすには十分な効果を発揮したのだ。
こうして、仁美は2回目のデートで康夫にホテルに誘われた。そして男女の関係になった。
「普通なら“2回目のデートでホテルに誘うなんて、絶対に遊びだ”って思いますよね。だけど、もう好きになっていたし、“一目ぼれをした”“運命だ”と盛んに言われていたので、私も“これって運命!?”って思ってしまったんです」
男女の関係になると、さらに気持ちが入ってしまい、近い未来に康夫と結婚することを考えるようになった。お互いに一人暮らしだったので、外で食事をするとどちらかの家に行き、お泊まりデートもするようになった。
保険証で判明した「7歳サバ読み」「扶養家族アリ」
「ただ、会う回数を重ねていくうちに、“アレ?”と思うことがたびたびあったんです。1つ年下なので、世代はほぼ同じはずなのに、学生時代にはやっていた服やテレビ番組の話をすると、話がズレることがある。一度、大学を卒業したときの就職の話になって、私たちのときは“就職氷河期”でみんなが就職に苦労していたはずなのに、“なんの苦労もなく就職できた”みたいなことを言って。そのときは、“ああ、こういうラッキーな人もいたんだな”程度のことしか思わなかったんですけど」
ところがあるとき、彼の部屋で棚に無造作に置かれていた保険証が目に入った。手に取って見てみると、生年月日が自分よりも7つ上、計算すると年齢が51歳になる。しかも扶養家族がいた。
トイレから出てきた彼に「これ、どういうこと? 扶養家族って何?」と、保険証を見せた。すると一瞬慌てたものの、取り繕うように言った。
「ごめん、“いつかは言わなきゃ”って思っていたんだけれど、初めて会ったとき、俺、仁美が30代前半だと思っていたから、自分が51だとは言えなくて44って言ったんだよ。それだって10歳違う。そしたら45だと知って。だけど年齢をサバ読んだのがわかったら信用失うから、機会を見て言おうと。扶養家族っていうのは、75になるおふくろを扶養に入れているんだ」
仁美は私に言った。
「このとき、私が『すごく若く見えた』と言われたのがうれしかったし、彼が好きだったから許しちゃったんですよね。実際私も、女友達と居酒屋で飲んでいたときにサラリーマンの集団に『一緒に飲みませんか?』ってナンパされて、年齢を30代だってサバ読んだことがあったし」
もしも好きになっていなかったら、うそをついたまま付き合いを続けてきた男性の人間性に不信感を抱いただろう。しかし“好き”の魔法には、うそをつく彼も許してしまう力があった。ところが、それから数週間後にとんでもない事実が判明した。
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