「各国の利害が絡み合い 複雑化する原油事情」ハーバード大学教授 ジョセフ・S・ナイ
何十年もの間、先進諸国は輸入原油への依存度を引き下げなければならないと議論してきた。しかし真剣な議論がされてきたにもかかわらず、現在の原油供給状況は悪化している。たとえばアメリカの場合、過去30年間に輸入原油依存度は2倍に増え、輸入原油の割合は、いまやアメリカが必要とする原油量のほぼ3分の2を占めている。
国際政治の舞台では、“原油の供給削減”という脅しが、外交政策に影響を与える切り札として、長い間利用されてきた。特に中東諸国は、そうした切り札を頻繁に使ってきた。たとえばOPEC(石油輸出国機構)のメンバーであるアラブ諸国は、1967年の中東戦争の際に原油の輸出禁止を主張したが、当時はアメリカが石油を自給できたため、ほとんど効果を発揮することはなかった。
しかし、73年の第4次中東戦争の際には、アメリカの輸入原油依存度が高まっていたため、アラブ諸国の原油の輸出禁止は大きな効果を発揮した。原油の輸出禁止は原油価格の高騰につながり、世界経済を長期的なインフレと景気低迷へと引きずり込んだ。その結果、原油は穀物と同じ1次産品であると、各国で理解が深まったのである。
アラブ諸国が実施した原油の禁輸は、アメリカとオランダに照準を当てたものだったが、実際には市場機能を介して、原油消費国全体にも影響を及ぼした。消費国はおしなべて原油不足と価格上昇ショックに見舞われたのだ。原油の禁輸は、標的とする国だけでなく、すべての国を傷つける武器となったのである。
さて、石油ショック後のエネルギーの安全保障政策については、以下の四つの特徴が挙げられる。
一つ目は、各国政府がエネルギーの市場メカニズムに立脚して、エネルギー節約や新エネルギーの開発などの政策を実施するようになったことである。
たとえば一部の国では、短期的な供給危機に備えるため、原油の戦略的な備蓄を始めている。また先進諸国は、パリに本部を置く国際エネルギー機関(IEA)の創設を支援し、戦略備蓄を含め消費国のエネルギー政策の調整を行っている。
こうした政策は、今なお効果を発揮している。ただし、長期的な原油の確保という視点からは、まだ十分な政策とはいえない。現在でも石油は世界的に不足しており、その原油の3分の2は政情不安なペルシャ湾地域で備蓄されている。もちろん割合からいえば、アメリカがペルシャ湾から輸入している原油はわずかで、同国の原油の最大の供給国は隣国カナダである。しかし、73年の石油ショックの教訓は「供給源がどれほど安定していても、安心はできない」ということだ。いくらカナダから原油が供給されようと、ペルシャ湾の原油供給が途絶すると、原油価格が吊り上がり、先進国と途上国の双方にとってダメージを被る可能性があるのである。