ヒトの「内臓」が宇宙とつながっている神秘 驚くべき生物進化の痕跡

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──ヒトの体と魚時代の痕跡との関係性が新鮮でした。

上陸して空気呼吸を始めるとエラは不要となり退化して、くびれ、つまり首ができた。筋肉は上に移動して哺乳(ほにゅう)のため口周辺の筋肉が充実し、顔の表情筋、のどの筋肉、耳に進化した。顔面に集まっていた味覚細胞は乾燥を防ぐため口の中の舌へ逃げ込んだ。ヒレは伸びて手足となり、呼吸器という新しい器官が付け足された。

ヒトの耳の奥には液体があって、空気の振動が耳の中で液体に伝わり、液体の波に変換されて脳に伝わる。これも海の名残ですね。太古の海で単細胞の生物は海水中の栄養を全身から吸収していたが、陸に上がっても液体の便利な特性を捨てられず、体の中に血液などの形で液体が残った。これも生命進化の記憶です。

──胎児の世界でも、生命の進化が繰り返される──。

布施英利(ふせ ひでと)/1960年生まれ。東京芸術大学美術学部卒業、同大学院美術研究科博士課程修了(美術解剖学専攻)。東京大学医学部助手(解剖学)などを経て、現在に至る。大学院生時代の養老孟司氏との共著『解剖の時間』、単著『脳の中の美術館』を皮切りに著書約50冊。(撮影:尾形文繁)

ヒトの胎児は「受胎から30日を過ぎてわずか1週間で、1億年を費やした脊椎動物の上陸誌を夢のごとくに再現する」という言葉を三木先生は残しています。受胎32日目の顔には魚の面影があり、エラ孔の列があって、手はヒレの形をしている。34日目になると両生類のカエルの顔に、36日目に爬虫類の面影になる。心臓には隔壁ができ、つまり空気呼吸の準備が整った「上陸」の再現ですね。体が水中仕様から陸上仕様になるという生命進化上の劇的変化に必死で対応し耐える苦闘が、ちょうどその時期、つわりとなって母体に表れる。そして38日目にようやく哺乳類の顔になる。

先ほど、血液という形で本来海の中にあった何かを体内に持ち込んだという話をしました。実際に母胎の中にマイクを入れて音を拾うと、血管を流れる血の音がまさに波の音に近いんです。ザーッと寄せてヒューッと引いていく。

太古の海辺のリズム

──ヒトの呼吸にも、太古の海辺のリズムが刻まれているとか。

太古の昔、海の中の生き物が上陸し、海の浅瀬に転がって長い暮らしを送っていたとき、呼吸は寄せては引く波のリズムとともにあったに違いない。

海辺では数十秒ごとの潮の満ち引きに加え、月の引力によって1日2回の干潮・満潮があった。それが1年で約700回、1億年なら700億回起きてきたわけですね。1本の管にも当然何らかのリズムが記憶され、対応力を備えないと生きていけない。さらに太陽と地球の関係で昼と夜が繰り返される。そして太陽に対する地軸の傾きで春夏秋冬の四季がある。つまり海辺には干満が昼夜が四季が作り出すリズムというか繰り返しがあって、1本の管にその変転のリズムが刻まれないはずがない。その1本の管が現代の私たちの体の真ん中に残っている。

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