リピート率トップ!星のや軽井沢の「非日常」 星野リゾート創業の地で見た、旅館イノベーション

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たとえば一部の作家とか、そういう人たちが執筆がてら伊豆に行ったとか。軽井沢もそういう場所だった。堀辰雄が旧軽井沢の旅館に長期滞在されたとか。ホテルだと、たとえばジョン・レノンがオノ・ヨーコと一緒に万平ホテルに滞在していたとかね。そういう要素はあったと思います。

ただ、軽井沢はもともとが避暑地ですから。明治時代に外国人が入ってきて、まだ当時は飛行機がないので、船で母国との行き来をしていたから、何カ月という船旅になってしまう。で、東京の暑さに耐えかねた外国人たちが、避暑を求めた。たまたま宣教師のひとりが軽井沢に立ち寄ったんですね。その牧師さんが軽井沢に教会を作ったことから、今の文化がスタートしているので、最初に来たのがなんと外国人だった。

部屋風呂はヒノキ風呂。季節の草花を湯に浮かべられる気遣いも

――それは、軽井沢の常識なのでしょうが、すごいトリビアですね。

そうですね。軽井沢の歴史がもう忘れ去られる時代になってしまっているのですけれど。旧軽のあたりはみなそうだったのですよ。教会がたくさんあって、この近くにも軽井沢高原教会という大正時代にできた教会があります。

牧師にくっついてやってくる当時の外国人は富裕層で、海外では経済や政治などの要人ですから、関連の日本人も一緒にくっついて来るわけですよ。だから日本人富裕層の別荘が明治時代や大正時代に多くでき始めて、旧軽の別荘地は1軒が300坪以上あります。

だから非常に西洋的な文化があって、パン屋さんとかソーセージ屋さんとか、ジャム屋さんは、当時、住んでいた日本人が宣教師などの外国人に作り方を習ってお店を開いた。そういうお店がいまだにちゃんと残っているのです。日本の中での独得な西洋文化が軽井沢のスタートです。

彼らは夏の間だけ家族を連れて、避暑に1~2カ月過ごして、また秋になったら東京へ戻る生活をしていたので、星のやはそういう点でも、すごくマッチしているのです。

(撮影:今井康一)

※続きは、8月12日(月)に掲載します

 

筆者が手掛けた東洋経済オンラインのホテル連載が、電子書籍「1泊10万円でも泊まりたい ラグジュアリーホテル 至高の非日常」(小社刊)になりました。10万円以上するような部屋に泊まりたいと思わせるラグジュアリーホテルの魅力とはいったい何なのか。厳選9ホテルの総支配人たちが大いに語っています。

 

山川 清弘 「会社四季報オンライン」編集部 編集委員

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やまかわ・きよひろ / Kiyohiro Yamakawa

1967年、東京都生まれ。91年、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。東洋経済新報社に入社後、記者として放送、ゼネコン、銀行、コンビニ、旅行など担当。98~99年、英オックスフォード大学に留学(ロイター・フェロー)。『会社四季報プロ500』編集長、『会社四季報』副編集長、『週刊東洋経済プラス』編集長などを経て現職。日本証券アナリスト協会認定アナリスト、日本テクニカルアナリスト協会認定テクニカルアナリスト。著書に『世界のメディア王 マードックの謎』(今井澂氏との共著、東洋経済新報社)、『ホテル御三家 帝国ホテル、オークラ、ニューオータニ』(幻冬舎新書)など。

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