トランプ大統領の貿易観が明らかに間違っているのは、彼がメキシコ、中国、日本との貿易について「米国が損失を被っている」と考えていることです。確かに、輸出より輸入が多ければ貿易収支は赤字になりますが、米国民が安いモノを欲しているから輸入が多くなっているという一面を見逃してしまっています。近年の米国経済が旺盛な消費に支えられているという事実、卸売物価指数が下がったことにより国民の購買力が上がっているという事実を無視しているゆえに、「損失」という誤った考え方になるのでしょう。
貿易とビジネスを同じ視点でとらえるトランプ流の考え方は、経済にとって非常に危うさをはらんでいるように思われます。レーガノミクスが行われた1980年代と今とでは、経済の構造とビジネスのルールが大きく変わってしまっているからです。世界中の企業が現行のルールに沿って長期的な経営戦略を構築してきたというのに、そのルールを一方的に変更するという愚行は、国家や企業の生産性の劣化を招くことになるでしょう。
サプライチェーンが網の目のように張り巡らされたグローバル経済下では、保護貿易によって国民が割高なモノを買わされれば、実質的な所得の低下と家計の疲弊が同時に進み、米国の旺盛な消費は失速することにもなりかねません。トランプ政権が本当になすべきことは、世界各国と協力しながら、グローバル企業の過度な節税を抑え込み、税収を確保・再分配するという機能を国家として取り戻すことではないでしょうか。
米国は「中東問題の仲介役」を放棄するつもりか
経済や歴史について無知なところは、イスラエルのテルアビブにある米国の大使館を、エルサレムに移転するという方針にも表れています。エルサレムはキリスト教、イスラム教、ユダヤ教にとっての聖地であり、イスラエルがエルサレムを占領していることに、アラブ人やパレスチナは強い不満を抱き続けています。1967年の第3次中東戦争でイスラエルは東エルサレムを併合しましたが、国連に加盟する多くの国がそれを認めず、主要国は大使館をテルアビブに置いているという経緯があるのです。エルサレムは宗教的にも政治的にも非常に神経質にならざるをえない場所であります。
オバマ前政権はイスラエルとパレスチナの和平のために公平な仲介役を果たしてきましたが、親イスラエルのトランプ政権による大使館移転が実現すれば、国際的に米国が公平な仲介役を放棄したと見なされる出来事となるでしょう。その結果、イスラエルとパレスチナの対立が再燃・激化し、中東の混迷化が深まる可能性が考えられるというわけです。たとえIS(イスラム国)をロシアと協力して壊滅させたとしても、大使館移転はイスラム原理主義組織がいっそう勢いづく動機づけとなり、テロの危険性は一向に下がらない情勢になりうるのです。
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