「お客様は神様」は本当に正しいのか?

顧客第一主義の傲慢さを考える

でも、これらの例が何も特別なわけではなく、大なり小なりこの手の「言い訳作り」は、意識してみると世の中の随所に見られます。家電製品のマニュアル、スーパーのチラシ、博物館や美術館の展示会情報……。

完璧にクレームゼロを目指し、すべてのお客様からの反応に対し言い訳をもれなく準備するエネルギーは、企業にとっては膨大なコストです。また同時に、その時間を使って新しい何かができたかもしれないという、(そんな邪推も生まれる)甚大な機会損失でもあります。

それだけではありません。正確であっても冗長な情報の出し方は、お客様自身にとっても邪魔くさいことこのうえありません。企業側がそういう言い訳を構えているというのは、お客様自身も理解しています。その結果、不信感も生まれ、企業はいつの間にか性悪説に立った自己防衛のためのきめ細かな理論武装をするようになります。

こうしてエスカレートしていけば、企業自身の対応コストのうち自社で吸収できない分はお客様に価格を転嫁せざるをえないですから、結果として実際の価格面、そして収益面で、企業もお客さまも双方を不幸にすることになっていきます。

オーバーに言えば冷戦時の軍拡競争にも似ていて、莫大なコストとリスクをかけて同じレベルで軍備を増強しても、その相対的な軍事力は不変です。お客様の満足度を高める試みが、いつのまにか苦情を極小化しようという取り組みに矮小化され、そしてそれが企業の言い訳作りに転化し、結果として苦情が和らぐどころか、お客様はますます警戒心を持って事に臨む。互いの関係を何も変えません。

「顧客第一主義=苦情極小化主義」ではない

これらの状況を踏まえ考えてみると、そもそもモノでもサービスでも物事の売買において、完全な予定調和はありえないということだと思います。不測事態の可能性をゼロにすることはできません。これは解決できない構造上の問題です。
ではそこは開き直るのかというとそうではなく、むしろ予定調和がないからそれだけ楽しさもある場合もあると、考え方を転換してもよいのではないでしょうか。

もちろん商売の中身にもよりますが、特に先ほどの旅行の例などはまさにそうで、旅行なんてサプライズがあるから面白いと思うのです。想定外のことが起こったときのクレームを「(イメージ)」で逃げる世界というのは、とても不自然です。

完全に予定どおりに物事を進めるということは、サプライズがない世界です。不満はないけれども満足もない世界です。レストランに行って、写真どおりのものを寸分の狂いなく出してもらうより、その日仕入れた新鮮な素材をベースに別の料理を出してもらったほうがおいしいかもしれません。旅行のコースの途中で急に大雨が降っても、途中で雨宿りして地元の人と触れ合うことで、貴重な出会いや経験があるかもしれません。

もちろん企業にとってリスクはありますが、そういうリスクが企業を成長させるものだと思います。そしてサプライズを防ぐより、サプライズを前提に構えるという企業の姿勢が、結果としてお客様の満足度をトータルで上げていくものではないでしょうか。

要は、1000円払ってジャスト1000円の価値を感じるモノやサービスというのは、不満はないでしょうが、じゃあリピートするかと言ったら微妙だと思います。値段以上の驚きや価値を感じるから、また買おうとかまた来ようとかになるのではないでしょうか。つねに予定調和の世界というのは、まったく面白みのないものです。

顧客第一主義というのは、お客様からの苦情極小化主義ではありません。不満極小化主義でもありません。

不満はないが満足もない世界より、多少の振れ幅があっても驚きと刺激のある世界を追求することこそが、本当の顧客第一主義ではないかと思います。

※ 本文は筆者の個人的見解であり所属する組織・団体を代表するものではありません。

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