そして2013年に発売された小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の中で、前作の「シンフォニエッタ」同様、物語の重要なカギを握る楽曲としてとりあげられたのが、リスト作曲の「『巡礼の年』 第2年:イタリア」より「ペトラルカのソネット」と、同じく「『巡礼の年』 第:1年スイス」より「ル・マル・デュ・ペイ」の2曲である。
特に後者は作品の中で紹介されていたピアニスト、ラザール・ベルマン(1930―2005)の演奏するアルバムがすでに廃盤となっていたので、さあ大変。レコード会社の素早い機転で急きょ再発売され、これまでほとんど知られていなかったリストの小品「ル・マル・デュ・ペイ」とともにラザール・ベルマンの名前が大きくクローズアップされたことも記憶に新しい出来事だ。ピアノファンとしては、過去のレガシーとして忘れ去られようとしていた“大ヴィルトゥオーゾ”ベルマンが復活したことは何よりうれしい出来事だった。
というわけで、村上春樹が作品の中で音楽を描く際には、作曲家や曲目だけでなく、必要に応じて演奏者の名前にまで言及していることが大きなこだわりであり特徴となっている。書いている本人にとってはごくごく自然な行為であるのだろうけれど、そのあたりが他の作家との差別化につながっていることは間違いなさそうだ。
かつては「一行動員300人」という時代も
ここまで影響力が大きいとなると、音楽業界もじっとしてはいられない。「今回の新作にははたしてクラシック音楽が登場するのだろうか」というのがクラシック関係者間でも大きな話題となっている。しかもタイトルが実に意味深な『騎士団長殺し』となればなおさらだ。なぜならクラシックの世界で「騎士団長殺し」といえば、それはすなわちモーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」の主人公にほかならないからだ。これは確かにレコード会社ならずとも期待してしまう。
かつて一世を風靡したクラシック界を代表する評論家吉田秀和(1913―2012)の全盛期には、その影響力を称して「一行動員300人」などと言われたものだが、現在は残念ながら、ひとこと書けば300人がコンサート会場に足を運ぶほどの力をもつ評論家は見当たらない。今の世の中でそれに近い影響力をもつのが村上春樹なのだろう。
せっかくの機会なので『1Q84』以前の小説に登場した主なクラシック音楽についても、おさらいしておきたい。デビュー作『風の歌を聴け』(1979年刊)では、グレン・グールドの弾くベートーヴェン「ピアノ協奏曲第3番」、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年刊)では、ロベール・カサドシュの弾くモーツァルトの「ピアノ協奏曲第23・24番」だった。
そして『ねじまき鳥クロニクル』(1994・1995年刊)では、第1部ロッシーニの「『泥棒かささぎ』序曲」、第2部シューマンの「予言の鳥」、第3部モーツァルトの「魔笛」から「私は鳥刺し」と、鳥尽くしの3連発。続いて『スプートニクの恋人』(1999年刊)では、エリザベート・シュワルツコップの歌とワルター・ギーゼキングのピアノによるモーツァルトの歌曲「すみれ」があらわれた。
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