痴漢常習犯は医療で治るのか、治らないのか 1人の更生に1000万円以上費やされるが・・・

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同クリニックでは、性犯罪再犯防止プログラムの核に“リスクマネジメントプラン”を据えている。痴漢を犯すには必ず“引き金”となるものがあり、満員電車(状況)や狙いやすそうな女性(人)、あるいは怒りや孤独感(感情)など、人によって異なる。その引き金を完全に避けられればいいが、社会で生活しているとそう思いどおりにはいかない。であれば、再犯のリスクが高まったときにそれを自覚し、その時々の具体的な対処法をあらかじめ決めておく必要がある。

受講者は、何が自身の引き金で、何によってリスクが高まり、渇望が刺激されるのかをスタッフと洗い出し、その対処法とともに専用の用紙に書き出す。たとえば「対象の女性を見つける」→「車両を変える」、「怒りに駆られて自暴自棄になる」→「妻に電話をして危ない状況にあると打ち明ける」といった具合だ。

これはひとりで実行するものではなく、必ずキーパーソンを設定する。家族であることが多いが、同クリニックのスタッフを指定する人もいる。精神的な支柱であるだけでなく、実質的な協力者でもあるのだ。GPSでつねに夫の動向を把握したり、安易にアダルトコンテンツにアクセスしないようインターネットを管理してくれたりする家族もいるという。斉藤氏は「インターネットの世界は、引き金の宝庫」と話す。

プランは月に1度更新し、その都度、自分が何を達成できたか、またはできなかったかを顧み、リスクをより具体的に管理できるようブラッシュアップする。加えて、リスク査定と診断の段階で必要とされれば薬物療法を行う。抗うつ薬や抗精神病薬が使われ、いずれも勃起不全を伴う。

「服用してすぐは吐き気や眠気、集中力の低下などの副作用があるため、薬物療法を拒否する人もいます。再犯防止への覚悟が強く、被害者の苦しみを思えば副作用の苦しみも引き受けられるはずですが、なかなかそうは思ってくれません。海外ではホルモン療法が義務づけられる国もあり、定期的に採血で薬を服用していないとわかると刑務所に再収監されます。これを“治療的保護観察”と言いますが、本気で再犯防止を考えるなら、プログラム導入初期は強制力をもって治療につなげるシステムが日本にも必要だと私は考えています」

「今日1日痴漢しなかった」が大事

被害者の苦しみを思えば……それだけの想像力があれば、そもそも痴漢には及ばないように思うが、プログラムを受けることで彼らは変わっていくのだろうか。

「今日1日、再犯しなかった――この実感の積み重ねが大事です。痴漢行為に代わるストレスへの対処法を新たに見いだすなど、着実に変わっていく人もいます。当院に一定期間継続して通われている中で再犯した人は現在のところいないので、成果はあるといっていいと思いますが、ひとつだけ成長が感じられないところがあります。それは被害者に対する感情です。取り返しのつかない傷を女性に与えてしまった、という共感性や謝罪の気持ちはなかなか育ちにくい。それどころか、彼らは自身が加害したことを早々に忘れます」

加害記憶の放棄、は“いじめ”を考えるとわかりやすい。いじめられた側にとっては忘れたくても忘れられない負の記憶だが、それがどんなに熾烈な行為でもいじめた側には重要な記憶としてとどまりにくい。

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