そして、学位の授与
そしていよいよ、diploma(学位記)の授与が始まる。数千人いる卒業生一人ひとりの名前を呼び上げ、diplomaを学長とchancellor(総長)が手渡しするのだ。
アメリカの卒業式は、厳粛さとお祭り騒ぎが不思議に共存している。息子や娘の名前が呼ばれると、観客席からヒュー、キャーとサッカーファンのごとく大歓声を上げる家族がいる。ブブゼラを大音量で鳴らす母親もいた。日本ならば眉をひそめられるだろうが、アメリカはこのようなことにとても寛容だ。黒人の家族はとりわけテンションが高いことが多い。想像だが、一家で初めての大学出だったりするのかな、と思った。自分の息子や娘が誇らしくて仕方ないのだろう。僕が好きな卒業式の光景だ。
とはいえ、数千人に一人ひとり手渡しとなると、果てしなく長い。2時間は優にかかる。快晴で暑い日だったから、耐えきれずに木陰で休んだり建物の中で涼んだりする卒業生も多かった。
しかし、いざ自分の番が来ると、些細な不満は吹き飛んだ。列に従ってステージに上がると、「Masahiro Ono」と僕の名前が会場に響いた。ステージの中央に立てば、何千人もの参加者の視線が僕に集まるのを感じ、その背景には美しいボストンの街並みが見えた。MITのそうそうたる教授陣や来賓たちを背にし、その後ろにはMITを象徴する建物であるGreat Domeがそびえている。会場を囲む建物には、アリストテレス、ニュートン、ダーウィンなど、人類の歴史を作った哲学者や科学者の名前が掘り込まれている。MITで苦労し、悩み、考え、見つけ、泣き 、笑った記憶のすべてが、一瞬にして脳裏によみがえった。僕はChancellorと固く握手をし、diplomaを受け取った。こんなに誇らしい気持ちになったことは、今までになかった。
こうして、僕のMIT時代は終わった。
卒業式のガウンは純正品で600ドル、模造品で300ドルもするのだが、毒舌の母に給食当番呼ばわりされた。(イラスト:小野明日美)
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