本稿執筆時点(10月下旬)ではクリントン候補が優勢だが、彼女が勝利したとしても、トランプ的な孤立主義は残る。日本が気をつけなければいけないのは、米国との関係が非常にデリケートになるという点だ。日本側から大きな変更を仕掛けると、それがとんでもない連鎖を引き起こし大嵐となって日本に押し寄せてくるかもしれない。現段階で最大の懸念は、北方領土の問題だ。
現在、1956年の日ソ共同宣言をベースに日ロがまとまるという観測が強まっている。歯舞(はぼまい)諸島・色丹(しこたん)島の二島返還か、あるいは択捉(えとろふ)・国後(くなしり)両島を含めた四島返還かが交渉の焦点だ。また日ロ間の経済協力強化で返還交渉が前進するという観測もある。だが、この過程で重要なファクターが日米関係であることが忘れられている。
日米安全保障条約第5条は「日本国の施政の下にある領域における、(日米の)いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」となっている。すなわち、日本の施政が及ぶすべての領域で、日米は共同で防衛に当たるということだ。
歯舞・色丹が返還されたら?
現在の歯舞・色丹には日本の施政が及んでいない。だから、米軍が展開する場所ではない。返還されれば、日本の施政が及ぶことになり、日米安保条約上、米軍が展開できるようになる。こうした場合、ロシアのプーチン大統領は素直に北方領土を日本に引き渡すだろうか。
仮に安倍晋三首相が歯舞・色丹を非武装地帯化・非軍事化することを一方的に宣言するとしよう。そうなると、ここに日米安保条約の適用除外、いわば空白地域ができることになってしまう。「日本のどこでも守る」と米国が言っても、「いや、ここはいいです」と日本が言わざるをえないことになる。「だったら尖閣諸島は守らなくてもいいのか」と米国は言うだろう。そして、「中国との関係を考えると、われわれは尖閣諸島を守りたくない」という事態もありうるのだ。
安全保障を日米同盟によって担保しているという日本の戦後レジームが、ここで崩れてしまう。「戦後レジームからの脱却」をうたってきた安倍首相は、日ロ関係を通じて無意識的にそこから脱却してしまうように動いているのだ。
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