心が強い人は「孤独は妄想」と知っている 簡単な練習で、「独り=至福の時間」になる
しかし、「孤独」とは、本当につらいものなのでしょうか。仏教では、①ありのままの「事実」と、②それ以外の「妄想」とを、分けて理解します。
「つらい」と感じるのはなぜか
「孤独」と呼ばれる状態を、まずは「事実」として理解してみましょう。たとえば、
・世の中には、孤独に生きている生き物はたくさんいる(むしろそっちのほうが多数かもしれない)のが「事実」――なのに、自分は孤独をつらく感じている。
・そもそも、ひとは、脳も体も違う。個体としては、独りであることが、普遍的な「事実」――なのに、私は孤独を苦しく感じている。
・本来、ネット上のお付き合いなんて、なくても生きていけた(問題なかった)というのが「事実」――なのに、今はどっぷり浸かって、期待通りのリアクションが返ってこないことへのストレスや、振り向いてもらえない寂しさを感じている。
「事実」だけを見てみたら、孤独というのは、案外ふつうの状態です。なのに、「つらい」と感じるのはなぜか――その原因になっているのは「客観的に存在せず、アタマの中にしかない思い」です。つまりそれは、「妄想」だということになります。
つまり、「孤独がつらい」というのは、妄想が生み出す“ちょっとした心の風邪”といっていいかもしれないのです。
「孤独って、妄想なの?」――この発想が、ちょっと違った展開を人生にもたらしてくれます。
【孤独病からの抜け出し方①――とにかく「妄想しない練習」をする】
「孤独は妄想」だとしたら、孤独に悩まなくなるには、「妄想しない練習」が一番効きます。その方法を、いくつか紹介しましょう。
○まずは、「目をつむる」
目を閉じて、アタマの中に浮かんでくる「言葉」や「イメージ」に気づいてください。「目をつむったときに見えるものは、妄想である」と理解します。
「ああ、いま自分は考えているな。何かを追いかけようとしているな」と自覚しましょう。それは「妄想状態」です。
「相手のリアクションが欲しい」「他人の動向が気になる」というのも、「これは妄想」と理解します。「自分って、孤独だな(さみしい)」という思いがふとよぎった時にも、「あ、妄想した」と気づいてください。
できればその上で、深呼吸して「お腹のふくらみ・ちぢみ」を感じとる、歩いているときの「足の裏」を感じとる、目を開いて外の景色・光をよく見つめる――というように、心を向ける先をシフトしてください。
ポイントは「妄想状態に気づいて、体の感覚に意識を向けかえる」ことです。
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