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キャリア・教育 #松翁、問わず語り

松下幸之助は「部下からの情報」を重視した 経営の神様がしみじみと語ったこと

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  • 江口 克彦 一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問
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そういうふうに思わせたらおしまいや。ところがそうではない。いつもいつも、親分が「何だ、何だ」と熱心に聞いてやるから、ガラッ八はいつでも喜んでとんでくる。つまらん話や情報でも、なにはともあれ、持っていこう、まず、とにかく親分に知らせよう、連絡しよう、報告しようということになる。

持っていけば、きっと親分は熱心に聞いてくれる。ガラッ八はそう考える。そしてその情報の内容がいいとか、つまらんとかは、親分が心のなかで判断する。よし、これはいい話だ。これはいい情報だ。うん、これはそうでもないな。そういう判断を、親分は心のなかでしとるわけやな。銭形平次は、立派な責任者ということになるな。

人を育てるというのは、時間がかかるもの

部下の話を聞いておると、また部下の人たちが成長もするね。つねに上の人から、ものを尋ねられる、あるいは聞いてもらえるということになれば、部下のほうでも、聞かれたとき、あるいは報告や提案をするとき、多少は、ましな話をしようと思う。きみかて、そやろ。ハハハ。そう思えば聞かれるまえに、報告するまえに勉強しようか、調べておこうかということになる。

部下に勉強せよというのも大事なことではあるけれど、もっと肝心なのは、部下自身が自分から勉強しようと、そういうふうにさせることやな。そのためには、部下にものを尋ねること、話を聞くこと、部下にすすんで提案させることが、一番ええやり方やな。うん、それは根気がいるわね。そういう人の育て方というのは。まあ、「指導せずして指導する」わけやからね。けど、本来そういうやり方が人材の育て方やな。

もともと、人を育てるというのは、時間がかかるもんや。木を植えるのは十年の計、人を育てるのは百年の計というやないか。即席とはいかんね。

教育というのは、夏の芝生の雑草とりに似ておるわな。いっぺん雑草をとったから、もうその芝生はひと夏、雑草は生えてこないということはないな。雑草をとってもとっても2、3日もすれば、また生えてくる。それをまた抜いていく。取り除いていく。その繰り返しによって、芝生はきれいな状態に維持されるわけや。

教育も同じことや。1回教えたら、もうそれで大丈夫だ、もう教育しなくてもいいと考える人がいるとすれば、教育というものがわかっておらんと言えるわな。繰り返し繰り返し根気よく行っていく。その“繰り返し”そのものが教育であり、その根気が人を育てるということになる。

部下の話を聞くということも、その根気がないとだめやな。聞くということによって、責任者にはいろいろ得することが多いけど、しかし同時に責任者は聞きながら、きっとこの部下を育ててやろうという気分を持っておらんといかん。

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