ここまでいろいろ書いてきたが「じゃあどうすればおいしい牛肉ができるのか」という疑問が、読者の胸に湧き出たことだろう。しかし、これについてわかっていることはとても少ない。なぜなら、牛肉のマーケットがおいしさよりも経済性の追求をしてきたからだ。いま、畜産農家は子牛と餌価格の高騰で経営が大変だ。だから、一般の農家が金銭評価の対象にならない、あいまいでメカニズムも解明されていない「おいしさ」を求めるよりも、肉の歩留まりと肉質をA5に近づけることで利益を出したいと思うのは当然なのだ。
A5の牛肉こそよい牛肉と喧伝してきたのは流通側とマスメディアであり、それを真に受けた消費者が殺到することで、A5神話が成立した。しかし、実際には過度にサシの入った肉は食味がよいと言えないことも多く、科学的にも脂肪交雑の多寡のみで味は決まらないとする研究結果が出ている。
「餌」によっても牛肉の味は変わる
しかし、一方でおいしいA5の牛肉が存在することもまた正しい。冒頭でも紹介したように、筆者も極め付きにおいしいA5に多々、出合ってきた。そしてその倍以上、まずいと思うA5にも出合ってきた。そのたびに、一緒に食卓を囲む関係者たちと「なぜこういう味なんだろう」ということを議論してきた。科学的にわかっていることと牛肉にかかわる人たちのさまざまな見方から牛肉の味わいを決める「方程式」について考えると、おそらくこのようなものになるだろう。
品種×血統×餌×育て方×熟成=牛肉の味わい
この方程式についてはいずれまた詳しく解説したいが、それぞれの要素が変われば、味も変わるのだ。これまでは血統の部分に多くの研究リソースが割かれてきたが、近年では餌によるおいしさの変化や、熟成技法による変化の研究も始まっている。
けれども、ある方向性の味にしようと考えて血統を選び、餌の中身を吟味して育てたのに、意図した味と違うものになるということもよくある。実際、私も自分で肉牛を所有し(10頭前後と少ないが)、餌の中身を変えて「どんな味にしよう」と実験をしてきた。しかし、意図したものと違う結果が出てきたことが、やはりあるのだ。
一部の生産者と契約取引をするような高級ステーキハウスの場合は、本当においしい肉牛を育てる技術を持った人から牛を買う。それなのに、個体によっては期待する味わいが出なかったりする。最終的には「個体によって変わるんだよね」ということになってしまいがちだ。
黒毛和牛の流通のプロは、肉牛の登記書を入手して「ああ、こういう血統なんだね、じゃあおいしいだろう」と判断して牛を選ぶ。全国に存在する種牛のことが頭に入っているので、ひいおじいさん牛・おじいさん牛・お父さん牛の血統がどんなものかを見れば、だいたいどんな肉になるというイメージが湧くのだそうだ。しかし、それでも肉にしてみたら「あまり肉の量が採れなかったなあ」「意外にシツコイ脂だなぁ」ということがある。
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