
順序が違えば、パズドラはヒットしていなかったかもしれません。タイミングが良かったのは、(ガチャへの依存度が高い)カードバトルと呼ばれるソーシャルゲームで単に絵柄を変えたようなばかりのものが出てきて、ユーザーの中にも嫌悪感が出ていた状況だったということです。運営会社が儲かっているけど、なぜ儲かっているかわからない。そうしたモヤモヤしている中に、ポンと目の覚めるゲームを出せたという面はありました。
いいゲームを出すというノウハウは、家庭用ゲーム機やPCオンラインゲームで培ってきました。例えばタッチパネル型の家庭用ゲーム機向けにソフトを作る場合、コントローラーがあるときと同じ操作性を維持しなければなりません。僕たちのプログラマーは、そうした実直なモノづくりをしてきた実績があります。職人とも言える、優秀なプログラマーがいたからこそ、パズドラが生まれました。
努力がいらないゲームはゲームではない
――パズドラを投入する前に、一度経営幹部がカードバトルのソーシャルゲームを提案し、森下社長が却下した経緯があったとか。
自分が面白いと思わないから、そんなもの作る必要がないと言いました。むしろ、カードバトルゲームで遊んでいたユーザーがドッと驚くようなゲームを作りたかった。
パズドラは最初、2つの案がありました。山本大介(前職はハドソン)というプロデューサーと話し合い、パズルゲームと(陣地を防衛する)タワーディフェンスゲームにする案がありました。結果的に、パズルゲームを選びました。
この記事は有料会員限定です
残り 2068文字
