楠木建「すべては好き嫌いから始まる」 今の日本に必要なのは「矢印のリーダー」だ
仕事とは何か?
当たり前の話だが、夢は欲ではない。小林三郎さんという、ホンダでエアバッグ開発などを担当し、『ホンダ イノベーションの神髄』というすばらしい本を書いた方がいて、しばしば仕事でご一緒する。
あるパネルディスカッションで同席した際、小林さんが聴衆に対して「みんなの夢は何か」と聞いた。そのとき若い人たちは、「将来は、世界を股にかけて活躍するビジネスマンになりたい」「起業家として上場するような会社を作りたい」「渉外弁護士になってM&Aをリードしたい」などと答えた。それを聞いた小林さんは、「それはお前の欲だろう、そんなことに夢という言葉を使うな」と一喝した。これはすごくいい言葉だ。
プロフェッショナルな渉外弁護士になってM&Aをリードしたいというのは、仕事のように聞こえるが、実は欲にすぎない。自分がそうなりたいと言っているだけだ。しかし、仕事には相手がいる。自分以外の人のために、何らかのためになって初めて仕事になる。
だから、起業して上場したいというだけではただの欲。起業することよりも、「起業して世の中に何を提供できるのか」のほうが大事だ。「夢をあきらめないで」という言葉を使う人は、その時点で夢がない。品格という言葉を連発する人に限って品格がないのと同じだ。
ソニーはもう老人、引退したほうがいい
どこの国でも、バンバン成長している時代には、自然と三角形が大きくなっていくので、「矢印のリーダー」はさほど必要なかったのかもしれない。しかし、これからは「矢印のリーダー」が事業を創っていかないといけない。
たとえば、総合電器メーカーは「こういう商売の基を創ろうよ」という人が出てこないと、どうしようもない。今のおんぼろ矢印の三角形の頂点に立っても、不幸せなことばかり。まだ資源もカネも人もあるのだから、世の中に自信を持って価値を提供できるような新しい商売を創っていかないといけない。
そもそも、今さらソニーをつかまえて、サムスンに勝てというのは、失礼極まりない話だ。これは、70歳を過ぎた年寄りを30歳の働きざかりの奴と比べて、「なぜもっと速く走れないのか」と言っているようなものだ。老人には気持ちよく引退していただいたほうがいい。
ソニーの中にも優れた人はいっぱいいるし、ソニーの外に出ていろんな事業や商売を創っている人もいる。アイボの事業のリーダーだった天貝佐登史さんは、ソニーを早期退職して、今はほかの技術者とともに静脈認証技術を扱うベンチャーを始めている。これはまさしく「矢印のリーダー」。既存の三角形の中でうまくいかなかったので、新しい矢印を創ったという例だ。