真田幸村、「作られた英雄像」の真相に迫る 人に話すと赤っ恥?「あの活躍」も創作だった

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Q10. 「夏の陣」で家康を追い詰めた幸村は、やはりスゴい武将だったのでは?

もちろん、幸村個人の優れた才覚もあったでしょうが、それがすべてではないと思います。「大坂の陣」(1614~15年)以前にあった大きな合戦は、直近が関ヶ原の戦い(1600年)でかなりブランクがあり、その間に合戦に従軍する「武士たちの世代交代」が行われていました。

「牢人主体の豊臣方」に対し、徳川方では世代交代がとくに顕著で、「経験不足」による戦場での混乱が頻発しており、幸村はこの機に乗じたことで、家康の陣に肉薄できたという説も出されています。

ヒーロー「真田幸村」はこうして誕生した

Q11. では、そんな幸村がどうして「ヒーロー」になったのですか?

大坂の陣での幸村の戦いぶりは、敵である徳川方の武将たちからも高く評価され、家康本人も敵方の中で彼のことだけは唯一称えることを許したほどです。

とはいえ、そんな彼がどうして今日のような「無欠」のヒーローに仕立て上げられてしまったのか、大きく3つの理由が考えられます。

理由1:義理を通して豊臣家に殉じた悲劇の貴公子

幸村は新興大名となる「真田家」に次男として生まれますが、運命に翻弄(関ヶ原敗戦)されて不遇な境遇へ追いやられます(高野山に配流)。復権への希望を信じてこれに耐え、やがてチャンスをつかむと強大な徳川軍をその才覚で翻弄する大活躍で天下にその名を轟かせます(大坂冬の陣)。

しかしそれもつかの間、力及ばず最期に華々しく散っていく(大坂夏の陣)というストーリーは、「源義経」を始めとする、私たち日本人の最も好む「悲劇の英雄」の理想形とぴったり重なります。

理由2:半生の多くが「謎」に包まれており、脚色を加える余地があった

本記事でも繰り返したように、真田幸村の「若い頃の活躍」を裏付ける具体的で確実な記録はほとんど残されていません。にもかかわらず、四十数年のその生涯の最晩年に、あまりに鮮烈な輝きを放ちました。

それゆえに、「最晩年の大活躍に釣り合う」ように「前半生の架空のエピソード」が多く創作され、時代を経るごとに脚色されていきました。それが、私たちがドラマや物語で目にする「幸村の姿」なのです。

理由3:時代が「家康(幕府)を懲らしめる正義(庶民)の味方」を求めた

大坂の陣での幸村の戦いぶりは、江戸時代には美談として小説などの題材にも取り上げられ、評判を呼びました。すると、世間の人々は日常生活の不満を「お上(徳川幕府)に立ち向かう英雄」の活躍に転嫁しようと、「より鮮烈な幸村像」を熱望するようになります。

その結果、のちに「真田十勇士」と呼ばれるようになる架空のキャラクターが物語に盛り込まれるなど、より痛快で娯楽要素の強い「幸村像」が作られ、それに人々が熱狂。いつのまにか幸村の人気が定着し、今日の「真田幸村」が作り上げられていったと考えられます。

彼は最晩年、大坂夏の陣を迎えるにあたり、家族や親類縁者に対し、自分が豊臣方に参加することを深く詫びる手紙を数多く残しています。そして、「次の戦い(夏の陣)ではまず生き残れない」ことを悲観しながらも、決して逃げることなく、自らの運命を最後の瞬間まで全うしました。

そうした生涯を送った真田幸村は魅力的な人物だったと私も思いますが、しかし、いま語られている幸村像のすべてが「史実」と言い切ることはできません。

歴史小説やドラマには、物語を盛り上げるための「フィクション」が数多く盛り込まれています。それを鵜呑みにして、人前で話すと、恥ずかしい思いをすることも少なくありません。

真田幸村でも、信長でも、秀吉でも、歴史上の人物に興味をもった人は、ぜひドラマや小説でとどまることなく、わかりやすく書かれた「歴史書」に挑戦してみてください。本当の歴史は、ドラマや小説のようなドラマチックな展開はあまりありませんが、そこにはきっと、より「リアル」な人間模様が見つかるはずです。

山岸 良二 歴史家・昭和女子大学講師・東邦大学付属東邦中高等学校非常勤講師

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やまぎし りょうじ / Ryoji Yamagishi

昭和女子大学講師、東邦大学付属東邦中高等学校非常勤講師、習志野市文化財審議会会長。1951年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程修了。専門は日本考古学。日本考古学協会全国理事を長年、務める。NHKラジオ「教養日本史・原始編」、NHKテレビ「週刊ブックレビュー」、日本テレビ「世界一受けたい授業」出演や全国での講演等で考古学の啓蒙に努め、近年は地元習志野市に縁の「日本騎兵の父・秋山好古大将」関係の講演も多い。『新版 入門者のための考古学教室』『日本考古学の現在』(共に、同成社)、『日曜日の考古学』(東京堂出版)、『古代史の謎はどこまで解けたのか』(PHP新書)など多数の著書がある。

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