下位チームの選手の暴言事件
最初のシーズンの終盤のことでした。下位チームの一人の選手が、練習後に車で帰宅しようとしていた私に対して、大声で「死ね、やめろ」と暴言をはくという事件が起きました。車に乗っていた私には聞こえなかったのですが、多くの選手や関係者がその暴言を聞いていました。
本人はラグビー部を辞める覚悟で、自分が犠牲になって不満を持った選手たちの声を代弁した正義のヒーローだとでも思っていたのでしょう。それを聞いていたコーチ陣は、「言語道断だ、すぐに退部だ」と激怒していました。しかし、私は「これはチャンスだ」と思ったのです。こんな事件はめったに起こりませんし、このときばかりはいつも文句を言っている他の選手も「さすがに言い過ぎだろう」と私に同情しているのを感じました。
その時こそ、これまで言い続けてきたフォロワーシップのやり方を見せるときでした。次の日にコーチ陣に「本人と会って話を聞く。辞めるも辞めないも決めるのは本人だ」と伝えました。そして、本人と直接会って話す場を設けたのです。
その面談の場に行くと、その選手はふんぞりかえって待っていました。「あなたのダメなところをすべて教えましょう」とでもいうような態度です。
そして話を聞いていると、いろんな文句が出てきました。寒い日の練習で途中で帰ってしまったとか、試合を見ていたのに雨が降ってきたら帰ってしまったとか。私はその選手の言い分をすべて聞きました。しかし、最後に「自分の目で見たのか?」と聞くと、急に彼の顔がこわばりました。その選手は、うわさで聞いていただけで実際にその場面を見たわけではなかったのです。
信頼は小さな出来事の積み重ね
結局、その選手のメッセージは「なんで僕のことを見てくれないんですか」という一つだけでした。しかし、実は私はその選手のことがずっと気になっていて、きちんと見ていたのです。努力を継続できる選手かどうかを見極めるため、もう少し頑張っていたら上のチームに上げる予定もあったのです。しかし、その選手はその前に気持ちがおれてしまった。
その選手が文句をいいながらも後輩の指導を頑張っていたとか、ある試合でのちょっとしたプレーがよかったとか、本人が覚えていないような事も私は覚えていて、それを伝えました。
私がちゃんと見ていたということがわかると、その選手は大泣きし始めました。そして、「これからどうする?」と聞くと、「僕は辞めるつもりでここにきました」と言う。
そこで、「辞めないといけないというルールはないし、俺は辞めろとは言わない。残ってチームのためにできることがあると思うなら残ればいいし、ないならもうこなくていい。自分で決めなさい」と伝えました。
結局、その選手はチームに残りました。「監督のことを誤解している選手がいっぱいいるので、その誤解を解きたい」と。
この事件を機に、それまで文句を言っていたほかの選手からも、「意外とやるね」と評価が高まったのを感じました。一人ひとりの選手とちゃんと向き合う姿勢を持っていることを選手達がわかってくれたのです。
組織を良くするのに、魔法はありません。こういったちょっとした出来事の積み重ねで信頼を得ていくしかないのです。
(下)に続く
(撮影:梅谷 秀司)
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