怒濤の復興チャリティーオークション

個人のつながりから動き出す復興支援

今年7月、ヤフーが宮城県石巻市に設置した「ヤフー石巻復興ベース」。「 お前らの成功が、今後の復興支援ビジネスのモデルになると思って行ってこい!」という宮坂学社長の激励で送り出された5人のメンバーは、被災地で持続可能なビジネスを創り上げることができるか?連載第2回の今回は、それらの原点となった震災直後のヤフーと長谷川氏の活動をお伝えする。

「まじっすか!?」で始まったヤフー復興支援室への突然の異動。そして、今年7月のヤフー石巻復興ベース設置に至るまでの経緯、ヤフー経営陣の思いなどについて、前回連載で書いた。

今回はそれより少しさかのぼり、東日本大震災発生直後のヤフー、そして僕個人の活動について振り返ってみようと思う。あの日々が、今の僕らの復興支援活動の原点となっているからだ。

東日本大震災が起きた2011年3月11日。実はあの日は僕の誕生日だった。会社を休み、家族で新潟のスキー場にいた。一面、真っ白で建物もないため、地震の揺れには気付いたものの、ほとんどの人が何事もなかったかのようにスキーやスノーボードで遊んでいた。

何が起きたのか知ったのは、ホテルに戻ってテレビをつけてからだ。実家や職場の人に携帯で電話してもつながらない。テレビでは信じられないような津波の映像や、奥さんの実家近くのタンカーが燃えている映像が……。

その夜、飛び交う会社のメールを確認しながら、twitterに流れるさまざまな情報、そして海外からの応援メッセージや感動的なエピソードを眺め、胸がつまり、涙を流すことしかできなかった。

チャリオクに詰め掛ける人々

こんな見かけの僕だが、震災当時、ヤフーのECオペレーション本部・総合販売企画部部長という立場にあった。要は宣伝、プロモーションの責任者である。震災直後、Yahoo!ショッピングとYahoo!オークションのプロモーションの一環で、数億円という過去にない予算規模のテレビCMを流す予定だった。が、震災の影響でそれらの予定はすべて吹き飛んだ。

だが、それを惜しむ余裕はなかった。すでに当時、執行役員だった宮坂が発信した「ヤフーショッピング、オークションでしかできない支援をしよう」というメールが統括本部内を飛び交っていた。震災後の状況への対応に追われるだけでなく、ヤフーだからこその支援をしようという動きは、社内中にあっという間に広がった。

ではいったい、僕個人にできる支援とは何か。

次ページ「チャリオク」なら長谷川を呼べ!?
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