一般に、ストックの取引には、将来の見通しが大きな影響を与える。これは、ケインズの「美人投票論」だ(美人コンテストに賭ける場合、美人かどうかでなく、皆が美人と思うかどうかを基準にして賭ければ、勝つ)。このメカニズムがあるため、バブルの自己増殖が起こりやすい。
制御理論の概念を使えば、フローの取引だけがある世界ではネガティブフィードバックが掛かってシステムは安定的だが、ストックの取引が行われる世界では、ポジティブフィードバックが掛かって、不均衡が拡大する。ストックの取引が増えることは、経済システムを不安定化させるのだ。
これを、国際収支について見よう。経常収支で為替レートが決まる場合には、経常黒字拡大→円高→輸出減と輸入増→経常黒字縮小という自動調整メカニズムが働く。ところが、資本収支はこれと無関係に動くので、経常収支の不均衡が自動的には調整されなくなる。だから、不均衡がいつまでも続く。事実、アメリカの経常収支赤字は減らない。経済危機でいったんは縮小したが、その後再び増加した。今では経済危機前とほぼ同じ水準だ。
金融政策についてはいまだ古い考えが支配的
これまでの経済理論では、消費、投資、政府支出、輸出、輸入など、フローの変数を中心に考えていた。金融財政政策などのマクロ経済政策は、これらの変数に影響を与えると考えられていた。しかし今の世界経済では、ストック変数を見る必要がある。フロー変数を見なくてよいというのではないが、ストック変数が大きな影響を持つにいたったことに注意する必要がある。フロー変数だけの枠組みで経済を見ると、重要な点を見逃す。
為替レートに関しては、経常収支の動向を見るより、各国の金利動向を見るほうが重要だ。このことはすでに広く認識されるようになった。
しかし、いまだにそう認識していない人もいる。「日本経済は不調なのだから、円高になるのはおかしい」という意見がある。あるいは、「日本に資金が流入するのは、日本経済が強いからだ」と言う人もいる。一見して逆のことを言っているようだが、どちらも、「為替レートは経常収支というフロー変数で決まるべきだ」と言っているのである。その点では同じ誤りに陥っている。
為替レートについてさえこの状態なのだから、金融政策については、まだ古い考えが支配的だ。つまり、その効果は国内だけで完結すると考えているのだ。そして、物価、失業率などフロー変数を国内だけで見ている。
経済の不況は、ビジネスサイクルによるものと捉えられ、金融政策でコントロールできると考えられている。そして、10年以上前からの量的緩和政策が物価にも失業率にもまったく影響しなかったという明白な証拠は、閑却されている。
(週刊東洋経済2012年11月24日号)
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