「病は気から」は、科学的に解明されつつある

医療における「心」の役割とは?

これまでプラセボの使用を妨げてきた大きな障壁の一つに、患者を騙すことが倫理に反するのではないかという懸念があった。だが、ハーバード大学のテッド・カプチャク教授が、「この薬は有効成分が一切入っていないプラセボである」と伝えた患者からも症状が消えたことを発見する。つまり、「正直に伝えるプラセボ」にも効果があることが明らかになったのだ。これを受け、いくつかの民間会社がオンラインでプラセボの販売を開始し、プラセボは産業としても注目を集め始めている。

心を騙して病気と闘わせる手法

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また本書『「病は気から」を科学する』では、心を騙して病気と闘わせる手法も紹介されている。それは催眠術を利用してIBS(過敏性腸症候群)患者を治療するというものだ。脳と消化管は複雑に絡み合っていると主張するのが、ピーター・ウォーウェル医師。彼の治療は一風変わっている。

たとえば便秘の患者には、力強く流れ落ちる滝を思い浮かべさせたり、はたまた下痢の患者なら、ゆっくり流れる運河に浮かぶボートを想像させるだけで、開腹手術や薬の投与は一切ない。むろん誰にでも、この療法の効果があったわけではないが、消化管に対する思考パターンを変えることで、症状を和らげる効果が数多く確認された。

さらに仮想現実の医学とのコラボレーションも、急速に注目を集める分野だ。スノーワールドは、熱傷患者のための仮想世界である。ゴーグルとヘッドホンを装着すると、目の前には氷でできた渓谷の世界が広がる。その世界でペンギンや雪だるまと戯れることにより、患者の主観的な痛みのスコアは下がり、その効果は脳スキャン画像からも確認されたという。

この他にも、神経に電気の刺激を与えることで治療するバイオエレクトロニクスから、昨今話題のマインドフルネスまで多岐に渡って、心と身体の密接で複雑な関係を紐解いていく。

本書の記述に好感を持てるのは、全編を通して心にできないことをクリアにしていくその姿勢だ。たとえばプラセボの種類によって効果は異なるし、治癒の程度も文化によって変化するのだという。そして、いくら治ると信じても、病気の背後にある生理学的な状態を変えることまでは、できないのだ。

いわゆるOB杭をあちこちに打っているからこそ、逆説的ではあるがフェアゾーンが明確に見えてもくる。また、本書の主張にトンデモ科学が容易に接ぎ木されることを排除したいという思惑もあるのだろう。

実体のない非物質的な治療が、実際に物質的な効果を出していると明らかになったこと自体、「心」と「身体」の今後の関係性に大きな影響を及ぼす成果ではないかと感じる。客観と主観、因果と相関、あるいは論理と感情。対極に位置するもの同士を、観察の対象と手法に重ね合わせ、科学の境界線を大きく動かしていく。それは人類の進化の歩みに感じられるダイナミズムを、そのまま凝縮しているようでもあり壮観だ。 

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