ワインの近代化 その1 その背景:科学の発展《ワイン片手に経営論》第10回
■同じ技術ルーツ:地動説と発酵メカニズム
カトリック教会公認の「天動説」が誤りであるとガリレオ・ガリレイ(1564−1642)によって実証されたのは1610年といわれています。彼は、約20倍の天体望遠鏡を用いて木星を観察し、木星の周りをイオ、エウロパ、カリスト、ガニメデという衛星が回っていることを発見し、「全ての星は地球の周りを回っている」という「天動説」の間違いを、『星界の報告』という書籍を出版し指摘したのでした。さらに、ガリレオは金星の満ち欠けを発見し、「地動説」によってこの現象を説明できると確信を深めていきました。「天動説」が誤りであるという実証は、星が東から西に移動していくという現象を漠然と見たのではなく、天球の中で不規則に移動する明るい星(木星や金星はとても明るい星です)に天体望遠鏡の焦点をあわせ、その様子を丹念に観察したことがポイントでした。天球を「分析」したのです。
一方で、ワインと関わりの深いアルコール発酵のメカニズムが明らかになったのは、1857年のルイ・パストゥール(1822-1895)の論文でした。この当時、発酵とは、糖が二酸化炭素とアルコールに分解されるという現象であるということは、アントワーヌ・ラボアジェ(1743-1794)によって説明されていたのですが、この現象はただの化学反応であるという考え方がより多く信じられていました。しかし、パストゥールは論文で、この反応には微生物が介在することを指摘したのです。
この発見は、1856年に砂糖ダイコンからアルコールを製造しているビゴー氏が、パストゥールに相談を持ちかけたことがきっかけでした。その相談とは、「工場でほとんどの樽がアルコールに変化するなかで、いくつかの樽はただ酸っぱくなってしまい損害が出ている」というものでした。
パストゥールは、まず正常な樽と不良な樽それぞれから液体を採取し、顕微鏡で観察したところ、無数の小球体が見えました。当時、すでに酵母の存在は知られていましたが、酵母が微生物であることや酵母の役割は知られていませんでした。このような時代下、パストゥールは「酵母は微生物なのではないか」という仮説をもとに、根気良く酵母を観察し、正常な樽の液体のなかで、酵母が発芽・分離・増殖する現象を見つけたのです。一方で、不良な樽の液体からは、酵母よりかなり小さい黒い棒状の微生物が多く泳いでいることを確認しました。この黒い棒状の微生物は後に乳酸菌と呼ばれるものです。
これらの観察をもとに考えられる仮説は次のようなものです。
1.酵母が砂糖ダイコンの搾汁にある糖を吸収し、アルコールと二酸化炭素に分解。
2.乳酸菌が砂糖ダイコンの搾汁にある糖を吸収し、乳酸を生成。
3.乳酸菌が多くなると、樽が酸っぱくなり不良化。
これらの仮説を証明するために、パストゥールはより多くの樽から液体サンプルを採取し、観察を続けました。そして、酸っぱい樽ほど乳酸菌が多いことを確認し、上記の仮説がほぼ間違いないと結論づけたのです。
しかし、これだけではまだ肝心なことが分かっていません。それは、「そもそも酵母や乳酸菌はどこからやってくるのか?」というものです。結論から申し上げると、「空気中から」ということなのですが、その後パストゥールは、パリの街中やアルプスの頂上の空気を採取し、「空気中から」という仮説を証明したのでした。
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