【福澤武氏・講演】日本企業文化へのパラダイム転換(その3)

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東洋経済新報社主催フォーラム
「理念重視型経営が創る成長基盤とリスク管理」より
講師:福澤武

その2からの続き)

●サポーターありきの芸術

 ところで、話はがらりと変わりますが、皆さんこの数年、正確に言うと4年の間にゴールデンウィークの都心にいらしたことありますか? ゴールデンウィークの5日間に有楽町の東京国際フォーラムでは、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」という熱狂の音楽祭が行われています。クラシックをより多くの人に、より身近なものにしようという音楽会です。東京国際フォーラムを中心に丸の内界隈がクラシック音楽で満たされて、100万人ぐらいの人が集まります。大小の会場を一挙に使って、朝の9時から夜の11時まで、原則45分間ほどのプログラムが各会場で開催されています。入場料も低価格で、自分の好きな曲を選んで音楽会のはしごができます。
 来年も開催される予定ですが、これはフランスのナント市で始まったものです。ナント市は、昔は港町で栄えていたのですが、時代の変化とともに段々と衰退してしまいました。それで市長が何とか盛り返したいと考えたのが、文化による町興しです。これがいかにもフランス的だなと思いましたね。ルネ・マルタンという非常に素晴らしい音楽プロデューサーに企画を頼み、十数年前に始まりました。東京でそういうものをやろうという話が東京国際フォーラム社長の鳥海(巌)さんにあり、その実行委員長になってくれと私にも依頼がありました。 それでは本場を見ておかなきゃいかんということで、私はナント市に行きました。ちょうどそのときのテーマは、バロック音楽。バッハやヘンデル、スカルラッティ、ビバルディなどですね。それを聴いて「こういう素晴らしい作品を残す音楽活動ができたのは、その当時の領主がこの音楽家たちをサポートしていたからだ」と、つくづく感じたのです。芸術はサポーターがいないとやっていくのが難しいのですね。

 ちなみに私は今、N響の理事もやっていますが、N響は恵まれていると思います。NHKの予算から援助の資金がかなり送り込まれるのですね。入場料、チケット収入だけでしたらとてもやっていけません。それにしても苦しいですよ。ですからN響にも企業がいろいろな支援をしている状況です。
 ほかのオーケストラにしてもそうです。本来、こういうものは政府がもっと面倒を見るべきで、文科省が強力なら予算を採って援助ができるはずですが、それも難しい。そうすると、結局は企業が面倒を見なければいけない。今は企業社会と言われている時代なのですから、やはり企業は文化活動に対してもある程度の責任は負わなければなりません。こういう風に思って、私はナント市から帰ってきたのです。

●企業の文化活動への責任

 メセナという言葉はもうだいぶ前から言われています。いろいろな企業が文化活動をやっていますが、業績が悪くなるとやめてしまうことも結構ありますよね。メセナというのは、そんなことには関係無しにやっていくもので、儲かったからちょっと手を差し伸べるということではないはずです。企業の文化活動への責任ですね。ではなぜ、企業の文化活動への責任が問われているのでしょうか。その理由は、文化活動が生きとし生けるものの中で人間だけがやることだからでしょう。ほかの生きとし生けるものというのは、単に世代の交代を繰り返しているに過ぎないのです。しかし人間は文化活動をし、歴史を築いて、そしてそれを次の世代に伝えていく。そういう存在なのですね。だからそういった文化活動を大事にして、これを後世に伝えていくということ。これは企業社会と言われている現代において、企業にとって大きな責任だろうと思います。
 もちろん、企業の出発は、営利ということが最大の目的であったと思います。当たり前ですが今でもそれには変わりありません。株主に対して配当をしなければいけませんし。ただし、企業とは株主そのものだということではないと思います。最近はアメリカでもそのような空気になってきたようですが、株主にばかり顔が向いていたのでは、21世紀の企業としては万全ではないと思います。
その4に続く、全7回)
福澤武(ふくざわ・たけし)
慶應義塾大学法学部卒業後、1994年より三菱地所株式会社・取締役社長、2001年より同取締役会長、2007年より取締役相談役を経て現職。同相談役を務める傍ら、大手町・丸の内・有楽町地区再開発計画推進協議会会長、千代田区教育委員、日本アスペン研究所理事など幅広く活動。著書に『「丸の内」経済学』(PHP研究所)など。
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