"コミュ下手"の蔡英文が総統選を制した意味 体育会気質の民進党で躍進したエリート学者

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蔡英文は敗戦に対し、淡々としながらも確かな口調で「みなさんは泣いてもいいが、落胆してはいけない。悲しんでもいいが、諦めてもいけない。明日からは、また以前の4年間と同じように勇気と希望を持つのです」と語った。

当日、会場で話を聞いていた私も、さすがに感動で目が潤んでしまった。その様子が中国でも放送されたことで中国人の間で評判になり、それまでの民進党に対する「粗暴な独立派」というイメージが変わるきっかけになったとも言われている。

敗れたあと、いったん党を離れて民間に戻り、社会各層と交わることによって再起を期したことも、正確な判断だった。党内のライバルだった蘇貞昌・元行政院長との厳しい政治闘争にも勝ち抜き、民進党の課題だった世代交代を粘り強く進めて党内のうるさ型も抑え込んだ。

人との接し方にも穏やかさや優しさが加わり、「頭が固くて融通が利かない」という評判が徐々に薄れ、いつしか「蔡英文は変わった」という声が広がるようになった。

「優等生」からもう一段脱皮できるか

台湾は、これまでとは「異世界」の人間をリーダーに迎えることを選んだ。蔡英文は経験の浅い政治家である。選挙戦では素人っぽさがかえって新鮮に見える瞬間もあった。

蔡英文は、攻撃力はそれほどではないが、守備力に長けた政治家であると思える。今回の選挙でも、国民党陣営からの様々な攻撃に対して、つねに冷静かつ理性的に対応し、批判のネタになる失言はなかった。馬英九総統の不人気やヒマワリ運動の成功などから与えられたリードを無事安全に守りきるという意味では、最適任の候補だったのかも知れない。

しかし、複雑な歴史と、異なる背景の人間集団と、不利な国際環境を生来的に抱え込んだ台湾の政治は、つねに難題と向き合わなければならない厳しい世界だ。輝いている蔡英文が、現在の馬英九のように、4年後、8年後になって今回票を投じた689万人に「裏切られた」と思われないようにするためには、「優等生」のよさを失わないまま、どうやって本物の「政治家」に向けてもう一段の脱皮を図ることがカギになる。

野嶋 剛 ジャーナリスト

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のじま つよし / Tsuyoshi Nojima

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経験し、2016年4月からフリーに。仕事や留学で暮らした中国、香港、台湾、東南アジアを含めた「大中華圏」(グレーターチャイナ)を自由自在に動き回り、書くことをライフワークにしている。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮社)、『銀輪の巨人 GIANT』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま書房)、『タイワニーズ  故郷喪失者の物語』(小学館)など。2019年4月から大東文化大学特任教授(メディア論)。

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