"コミュ下手"の蔡英文が総統選を制した意味

体育会気質の民進党で躍進したエリート学者

1956年に生まれた蔡英文。その家族は、屏東という台湾で最も南にある県にルーツを持つ。父親は客家人で、自動車ビジネスで成功した人物だった。母親は福建系の女性。父方の祖母は先住民族であるパイワン族だった。つまり彼女は、福建、客家、原住民という、台湾土着の3つの異なる系統の血筋を持っていることになる。

父親に「他人がやらないことをやりなさい」と教えられ、幼少期からとにかく勉強熱心で賢い子どもだった。最高学府の台湾大学法学部(馬英九総統と同じ)を卒業し、米コーネル大学で修士、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで博士号を取得。20代で台湾に戻り、大学教授に就く。

ここまでは絵に描いたようなエリート人生。だが、そこで友人の弁護士から「病気になった自分の代わりに、政府の貿易交渉の法律顧問になってくれないか」と誘われたことをきっかけに、人生が変わった。

民進党の「どん底時代」、主席に就任

貿易交渉は法律の知識と交渉力が問われる。博識で冷静な蔡英文の才能はそこで発揮された。政府から重用され、台湾のWTO加盟に伴う交渉団の首席法律顧問となり、李登輝政権の国家安全会議(NSC)の諮問委員(閣僚級)にも任命された。当時、中国から猛反発を受けた李登輝の「二国論」の起草者にもなった。

陳水扁の民進党政権では、中国問題を担当する大陸委員会のトップにつき、中国との交流を限定的に開放する「小三通」のための法整備を行い、その後も立法委員(国会議員)、行政院副院長(副総理)などを歴任した。

民進党に加入したのは意外に遅く、立法委員になる2004年だった。総統選、立法委員選挙で民進党が惨敗を喫してどん底にあった2008年、党内のベテランや大物が誰も主席を引き受けない状況で、あえて蔡英文は主席に就いた。

2012年の総統選では馬英九に挑んで惜しくも敗れ、一時的に党主席を離れたが、2014年に満を持して党主席に復帰。同年末の地方選挙で民進党を圧勝に導き、その勢いに乗って、今回の大事な選挙でも勝ち抜いた。

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