10分825円「相席屋」タイパ時代でも来店する若者の"本音" 約10年で85→7店舗に衰退の"根本的な背景"

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この「街コンの箱貸し」が、相席屋誕生のきっかけとなった。当時、現場に出ていたセクションエイト専務取締役の太田光則氏が振り返る。

「街コンの準備のために店舗を訪れたら、開催30分前にもかかわらず、入口に行列が出来ていて驚いたのを覚えています。2010年代前半はとにかく街コンがブームで、男女の出会いの主流だったんです。

一方で、参加者にヒアリングすると、思いのほか街コンに不満を漏らす人が多かった。異性と出会えるメリットは大きいものの、数日前から予約しないといけないうえ、今みたいに電子決済がないので振り込みが面倒、おまけにキャンセル料が取られるなど、手続きが煩雑だったんです。

それなら実店舗を活かして、予約なしの即席で出会いの場を提供しようと、相席屋のコンセプトが固まっていきました」

1号店は月商70万円の渋い滑り出しだったが…

こうして2014年に、『居酒屋 はなこ』の赤羽店を業態転換する形で、相席屋1号店が開業した。約60席のキャパで、初月は月商70万円と渋い滑り出しとなったが、太田氏は軌道に乗ることを確信していたという。

「創業当初は、他に相席業態の居酒屋もほぼなかったので、どこかいかがわしいイメージが先行して客足がついてこなかった。

ただ、来店客の評判はすこぶる良く、週3~4回来る常連も多く、なかには毎日訪れるヘビーユーザーも。もともと私は、前職でレインズインターナショナル(牛角やしゃぶしゃぶ温野菜などを展開する飲食チェーン)にいたのですが、それほどコアなリピーターを抱えるブランドは記憶になかったので、これはいけるんじゃないかと」

太田氏の読みは当たり、赤羽店は2カ月目で150万円、3カ月目で300万円を叩き出す。さらに2号店目の歌舞伎町店を出した直後、TBSの『サンデー・ジャポン』に紹介されたことで、一気に火がついた。65席の比較的小箱で、日計100万円近くにのぼる勢いを見せ、その後の店舗も出せば当たる状況が続いた。

それ以降は『居酒屋 はなこ』を業態転換する形で、一気呵成の展開を見せる。相席業態の先駆者として、模倣店が増える前に先手を打とうと、第1号店の開業から3年足らずで85店舗まで出店網を広げる。なかには月に9店舗を出店した時期もあり、全盛期は30都道府県まで規模を広げた。

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