福岡「冷泉荘」廃墟寸前の築67年賃貸が満室の理由 国の登録有形文化財にも

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湿気で苔が生えていた部屋もあったというが、借り手たちはそれぞれの感性を生かし、部屋をギャラリーのような空間へとつくり変えていった。廊下を歩けば、ひとつひとつの部屋にまったく違う世界が広がる。建物そのものが大きな作品のように生まれ変わっていく様子を見て、吉原さんは「これこそが建物再生の理想の形だ」と確信したという。

各部屋のドア
各部屋のドアがカラフルに塗られたのも、この試験的プロジェクトの時(写真撮影/中川千代美)

「古い空間を好む若者が集まったことで、『建物が古いことは悪いことではない』『賃貸業として成立する可能性がある』という確信を得ました。そして、アートへのエネルギーがあふれる土地柄だからこそ実現したのだと思います。福岡の力を強く感じました」(吉原さん)

「築100年」に向けた基盤を確かなものに

3年間の試験的プロジェクトで手応えを得た吉原さんは、終了後に再びほぼ全室を空室とし、いよいよ本格的な「冷泉荘」再生へと改めて舵を切ることになる。

「試験プロジェクトの期間中、入居者には“住んでもよい”という条件を設けていましたが、住居としては設備が古すぎて、実際に住む方はいませんでした。そこで思い切って、ビル用途を住宅から事務所へと変更することにしたんです」(吉原さん)

3年間のプロジェクトで「冷泉荘」の知名度は上がっていた。空室の期間を利用して、2009年には「第4回福岡アジア美術トリエンナーレ」の会場として部屋を貸し出し、アートの発信拠点としての存在感も増していく。

展示
2009年に開催された「第4回福岡アジア美術トリエンナーレ」で「街なか会場」として展示(画像提供/「吉原住宅有限会社/スペースRデザイン」)

その機運を受け、2010年には「リノベーションミュージアム冷泉荘」として再スタートを切った。管理人の杉山紘一郎さんが着任したのも、この年である。

最初の課題は、建物の強度だった。試験プロジェクト中の収益を活用して構造調査を行ったところ、「耐震工事を施せば保全可能」との結果が得られる。そこで「築100年」を目標に再生計画が本格的に動き出した。

「このビルの再生では『ひと・まち・文化が集まるビル』をコンセプトに掲げました。同時に『ユニーク・最先端・開かれていること』をテーマにしています。内部のコミュニティが固まりすぎると、外部の人が入りづらくなり、結果として建物が衰退しかねません。人が行き交い活用されてこそ、価値は維持され、高まっていくのです」(吉原さん)

部屋
部屋の中には、耐震工事の際に設けられた骨組みが見える場所も(写真撮影/中川千代美)

アーティストや文化関係者を対象に入居者募集を行うと、2010年秋にはすぐに満室となった。プロジェクトの持続可能性が証明されたタイミングで、2011年には大規模耐震工事を実施。「築100年」に向けた基盤は確かなものとなる。さらに2016年には、軍艦島の保全にも使用が検討されている特殊コーティング技術を採用し、裏外壁の“当時の姿”をそのまま残す改修を行った。

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