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「産後ケア」を日本に広めた彼女が経験した"痛み"――「出産は全治1カ月のケガと同様」産後の当たり前を変えた吉岡マコさんの生き方

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  • 芳麗 コラムニスト
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一方で、インストラクターの個性は大切にしたいと思いました。インストラクターがそれぞれに背景も経験を生かしてもらえたらなと。結果的に、それぞれの教室にその地域ならではの文化や、コミュニティが生まれています。新型コロナを経て、オンラインにも活動の拠点を広げています。

現在はNPO法人シングルマザーズシスターフッド代表理事を務める(撮影:梅谷秀司)

活動を20年以上続けられた理由

――活動を20年以上も続けられたのはなぜですか?

続けようというより、「やめられなかった」が近いです(笑)。現場があって、必要としている人がいる。途中で投げ出す選択肢はなくて、気づいたら20年経っていた、という感じです。

2008年にNPO法人化したのですが、営利団体にしなかったのは、産後ケアの取り組みが社会全体に必要なものだという信念があったからです。お金を払える人にサービスを提供するだけなら、株式会社でも良かったかもしれない。けれど、私たちが目指すのは、母子手帳が全員に配布されるように、全員に届く世界だったから。

――約5年前、47歳のときにマドレボニータ代表を退いています。

活動を長く続けるうちに、創業者が居続けることが、持続可能性という視点で考えても、組織のリスクになるのではと考えるようになりました。海外のNPOや社会活動の事例を見ても、そう思うケースがいくつもあって。

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40代前半から、国内外のリーダーシッププログラムに参加する機会に恵まれて、そこでもサクセッションプランニング(事業承継)の話題がよく出ていました。私もその必要性を感じて勉強を始めていました。

それから、自分の人生としても、50歳を前にして次のフェーズにいきたいなと。組織も個人も、同じ場所には止まれない、変化していくことが必要でした(後編に続く)。

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